生命保険金が相続財産とみなされる場合があるか【最決平成16年10月29日】

弁護士

本橋 美智子

  • 第1 本来、生命保険金は相続財産ではない

    1 亡くなった方(「被相続人」といいます)が、生前、生命保険に加入していたケースは多いと思います。

    保険契約者と被保険者が被相続人で、受取人が相続人のうち特定の人に指定されている生命保険契約の場合には、受取人が取得する生命保険金は、法律上は相続財産ではないとされています。

    この場合の保険金は、受取人が被保険者(被相続人)の死亡時に、保険契約に基づいて、自己の固有の権利として取得するものであって、被相続人の財産を相続により取得するものではないとされているのです。

    2 このように、生命保険金は被相続人の相続財産ではないので、相続人間で行う遺産分割の対象にはなりませんから、受取人に指定された相続人は、他の相続人の署名捺印なしに生命保険金を受け取ることができます。また、仮に受取人である相続人が相続放棄をしたとしても、その相続人は生命保険金は受け取ることができるのです。

    このように、生命保険金は相続財産とはみなされないので、遺産分割遺言について生命保険金は全く関係ないと考えてしまいがちです。

    しかし、特別受益については、生命保険金が問題になることがあるのです。

  • 第2 生命保険金が特別受益として、相続財産とみなされることがある

    1 特別受益とは、共同相続人の中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときには、相続開始の時の被相続人の財産の価額に、その贈与の価額を加えたものを相続財産とみなす(「持ち戻し」といいます)制度のことです(民法903条1項)。

    これは、相続における相続人の公平を図るための制度です。

    2 上記のように、生命保険金は、受取人が保険契約に基づく固有の権利として取得するものなので、被相続人からの贈与ではなく、原則として特別受益にはあたりません。

    しかし、生命保険金が特別受益に準じて持ち戻しの対象となる場合があるのです。

    この点について、平成16年10月29日の最高裁決定は、次のように述べています。

    「死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は、被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持ち戻しの対象となると解するのが相当である。

    上記特段の事情の有無については、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。」

    つまり、最高裁は、保険金受取人である相続人と他の共同相続人との間の不公平が、是認できないほど著しいと評価できる「特段の事情」がある場合には、生命保険金は特別受益に準じて持ち戻しの対象となると判断したのです。

  • 第3 生命保険金が特別受益と認められた事例

    上記の最高裁の決定を前提として、その後に、生命保険金が特別受益と認められた事例としては、次のものがあります。

    (1) 平成17年10月27日東京高裁決定

    相続人がAとBの2人の子で、遺産総額が約1億円のところ、Aだけが総額約1億円の生命保険金を受け取った事案について、東京高裁は、Aが受け取った約1億円の保険金を特別受益に準じて持ち戻しの対象となると判断しました。

    (2)  平成18年3月27日名古屋高裁決定

    相続人が後妻と、先妻との間の2人の子で、相続開始時の遺産総額が約8720万円のところ、後妻だけが総額約5150万円の生命保険金を受け取った事案について、一審の岐阜家裁は、後妻が受け取った保険金の額が遺産の相続開始時の価額の約59%、遺産分割時の価額の約77%を占めること、被相続人と後妻との婚姻期間が3年5か月程度であることなどから、死亡保険金を民法903条の類推適用により持ち戻しの対象になると判断しました。

    そして、抗告審の名古屋高裁もこの一審の判断を維持しました。

  • 第4 生命保険金がかなり高額な場合には注意が必要

    このように、生命保険金がかなり高額な場合には、特別受益に準じて持ち戻しの対象となると判断される場合があります。
    その際の判断材料としては、特に、生命保険金が遺産に占める割合が重視されていると思われます。

    ですから、高額な生命保険金の受取人が一部の相続人だけになっている場合には、特別受益の問題が生じる可能性があることを念頭に置いておく必要があります。

    被相続人がどうしても、高額な生命保険金を一部の相続人に残したい場合には、その点も考慮した遺言を作成しておく方法もあるでしょう。