共同相続人間でなされた相続分の譲渡が特別受益に当たるとされた事例【最判平30.10.19】

弁護士

下田 俊夫

  • 1 はじめに

    共同相続人間で、遺産分割が未了のうちに、相続分の譲渡がなされることがあります。
    相続分の譲渡は、長期化する遺産分割からいち早く抜けるためや、事業承継者など共同相続人の一人に遺産を承継させるためになされる場合があります。
    遺言で相続分の指定がない場合、各共同相続人は、民法の規定に従った相続分(法定相続分)を有することになります。共同相続人間で相続分の譲渡がなされますと、譲受人は従前から有していた相続分と新たに取得した相続分とを合計した相続分を有する者として遺産分割に加わることになります。例えば、被相続人父、相続人が母、長男、次男、三男の4人のケースで、母が長男に対しその相続分を譲渡した場合、父の遺産分割における各相続人の相続分は、長男2/3(固有分1/6+譲受分1/2)、次男1/6、三男1/6となり、この相続分を前提に遺産分割がなされることになります。
    父の遺産分割において母から子の一人に相続分の譲渡がなされた場合、その後に亡くなった母の相続において、相続分の譲渡が特別受益に当たるかどうかが争いとなった事案で、最高裁判所は、特段の場合を除いて特別受益に当たるとの判断をしましたので、紹介します。

  • 2 事実関係及び裁判所の判断

    (1) 関係者は、父母と子ABCの3人、さらに子Bの妻Dが父母と養子縁組していました。
    (2) 父の死亡後、父の遺産分割調停において、母とDがBにその相続分を譲渡し(その結果、Bの相続分は3/4(=固有分1/8+母譲受分1/2+D譲受分1/8)となります。)、子ABC間で遺産分割調停が成立しました。
    (3) 数年後に母が亡くなったところ、母の相続財産は、ほぼ同額の預金債権と施設利用料債務だけでした。
    (4) AはBに対し、母からBに対する相続分の譲渡によって遺留分を侵害されたとして、遺留分減殺請求権を行使しました。
    (5) 母からBに対する相続分譲渡が、母の相続において、特別受益に該当するかが争いとなったところ、控訴審は、「相続分の譲渡による相続財産の持分の移転は、遺産分割が終了するまでの暫定的なものであり、最終的に遺産分割が確定すれば、その遡及効によって、相続分の譲受人は相続開始時に遡って被相続人から直接財産を取得したことになるから、譲渡人から譲受人に相続財産の贈与があったとは観念できない。また、相続分の譲渡は必ずしも譲受人に経済的利益をもたらすものとはいえず、譲渡に係る相続分に経済的利益があるか否かは当該相続分の積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定しなければ判明しないものである。したがって、本件相続分譲渡は、その価額を遺留分算定の基礎となる財産額に算入すべき贈与にはあたらない。」と述べて、特別受益には当たらないとしました。
    (6) これに対し最高裁は、次のように判示して、特段の場合を除いて、特別受益に当たるとの判断をしました。
    「共同相続人間で相続分の譲渡がされたときは、積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分が譲受人に移転し、相続分の譲渡に伴って個々の相続財産についての共有持分の移転も生ずるものと解される。
    そして、相続分の譲渡を受けた共同相続人は、従前から有していた相続分と上記譲渡に係る相続分とを合計した相続分を有する者として遺産分割手続等に加わり、当該遺産分割手続等において、他の共同相続人に対し、従前から有していた相続分と上記譲渡に係る相続分との合計に相当する価額の相続財産の分配を求めることができることとなる。
    このように、相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、譲渡人から譲受人に対し経済的利益を合意によって移転するものということができる。遺産の分割が相続開始の時に遡ってその効力を生ずる(民法909条本文)とされていることは、以上のように解することの妨げとなるものではない。
    したがって、共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、上記譲渡をした者の相続において、民法903条1項に規定する「贈与」に当たる。」

  • 3 実務上の注意点

    父の相続において、二次相続のことを考えて、母が子の一人に対しその相続分を無償で譲渡するというケースがみられます。そうしたケースでは、父の相続財産が相当程度あるという場合がほとんどであると思われることからすると(父にめぼしい相続財産がない、プラス財産よりもマイナス財産が多いといった場合には、そもそも相続分の譲渡を行う必要がありません。)、最高裁の判示内容からすれば、その後の母の相続において、当該相続分の譲渡は特別受益に当たると考えられます。
    共同相続人間で相続分の譲渡を行う場合、特に、今回の裁判の事案のように法定相続分の割合が多い母が子の一人に対して相続分の譲渡を行うという場合、その後の母の相続において、当該相続分の譲渡が特別受益に当たるとして、他の子から遺留分減殺請求を受けるなど思わぬ事態が生じるおそれがありますので、注意が必要です。