民法910条の価額支払請求に基づき支払われるべき価額の算定の基礎となる遺産の価額は、積極財産の価額であるとされた事例【最三判令和1年8月27日】

弁護士

前田光貴

  • 1 はじめに

     相続開始後認知によって(認知の訴え又は遺言認知の方法により)相続人となった者は、他の共同相続人が既に遺産分割をしたときには、他の共同相続人に対し、その相続分に応じた価額の支払を請求することができます(民法910条)。
     価額支払請求に基づき支払われるべき価額の算定の基礎となる遺産の価額については、積極財産の価額から消極財産の価額を控除すべきか否かに関し見解の対立がみられました。
     この点について、最高裁が、このほど積極財産の価額から消極財産の価額を控除しない非控除説を採ることを明らかにした判断を示しました。
     本判決は理論的にも実務的にも重要な意義を有するものです。

  • 2 事案の概要及び裁判所の判断

    ⑴ 事案

     本件は、被相続人Aが死亡し、その法定相続人であった配偶者B及び長男Cが被相続人の遺産について遺産分割協議を成立させた後に、認知の訴えに係る判決の確定によって被相続人の子として認知された原告Dが、長男Cを被告として民法910条に基づく価額支払請求をした事案です。
    ① 平成20年2月3日、被相続人Aは、死亡した。
    ② 平成20年2月5日以降、Bは、被相続人Aの葬儀関係費用(葬儀費用、式場使用料、飲食料及び火葬代等)(合計255万7319円)、被相続人Aの都民税等(合計37万1700円)を支出した。
    ③ 平成20年3月31日、被告Cは、Bと協議した上、被相続人Aの遺産に係る遺産分割を成立させた。なお、原告Dは、遺産分割協議の成立に関与していない。
    ④ 原告Dは、被相続人AとEとの間の子であり、被相続人Aの死後、認知を求める訴えを家庭裁判所に提起し、平成24年12月14日、原告が被相続人Aの子であることを認知する旨の判決が確定した。
    ⑤ 認知判決確定後、相続人となった原告Dは、被告Cに対して、価額支払い請求の訴訟を提起した。
    ⑥ 被相続人の積極財産の評価額(9941万7498円)については、当事者間に争いがない。

    ⑵ 争点

     積極財産の価額から消極財産の価額を控除すべきか否かについて、採用する説によって、以下のとおり、請求できる金額が異なります。

    ア 控除説の場合

    {積極財産(9941万7498円)-消極財産(292万9019円)}×相続分(4分の1)=請求額

    控除説の場合は、2412万2119円が請求できる金額になります。

    イ 非控除説の場合(本判決)

    積極財産(9941万7498円)×相続分(4分の1)=請求額

    非控除説の場合は、2485万4374円が請求できる金額になります。

    ⑶ 最高裁第三小法廷判決の内容

     最高裁第三小法廷は、以下のとおり判示しました。
     「民法910条の規定は、相続の開始後に認知された者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしていたときには、当該分割等の効力を維持しつつ認知された者に価額の支払請求を認めることによって、他の共同相続人と認知された者との利害の調整を図るものである(最高裁平成26年(受)第1312号、第1313号同28年2月26日第二小法廷判決・民集70巻2号195頁)。 
     そうすると、同条に基づき支払われるべき価額は、当該分割等の対象とされた遺産の価額を基礎として算定するのが、当事者間の衡平の観点から相当である。そして、遺産の分割は、遺産のうち積極財産のみを対象とするものであって、消極財産である相続債務は、認知された者を含む各共同相続人に当然に承継され、遺産の分割の対象とならないものである。
     以上によれば、相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既に当該遺産の分割をしていたときは、民法910条に基づき支払われるべき価額の算定の基礎となる遺産の価額は、当該分割の対象とされた積極財産の価額であると解するのが相当である。このことは、相続債務が他の共同相続人によって弁済された場合や、他の共同相続人間において相続債務の負担に関する合意がされた場合であっても、異なるものではない。」

  • 3 コメント

     最高裁判決は、可分債務について、法律上当然分割され、各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継すると解しており、実務においても、相続債務は遺産の分割の対象から除外されています(ただし、調停の場合、相続人全員が合意すれば分割の対象にできます)。
     このように、相続債務が遺産分割の対象とならず、遺産の分割が原則として積極財産のみを対象とするものであるとすれば、遺産の分割のやり直しに代えて被認知者のために価額支払請求を認めた民法910条の支払価額の算定においても、積極財産のみを基礎とするのが当事者間の衡平の観点から相当と考えられ、最高裁の判断は妥当と考えられます。
     この判決によれば、支払われるべき価額の算定の基礎となる遺産の価額は、当該分割の対象とされた積極財産の価額であり、認知を受けた新たな相続人は、ほかの共同相続人に対し、その相続分に応じた価額支払を請求することができます。
     なお、可分な債務は相続の効果として当然に分割され、認知を受けた新たな相続人は、その相続分に応じた債務を承継します。
     既に相続債務が弁済されていれば、被認知者が弁済をした共同相続人に対して不当利得返還債務を負い、当該共同相続人が民法910条の支払請求の相手方であれば、相殺によって処理することが想定されます。