自筆証書遺言が遺言者の自筆によると認めるに足りず、無効とされた事例【高松高判平成25年7月16日】

弁護士下田俊夫

  • 1 自筆証書遺言の成立要件について

    自筆証書遺言は、いつでもどこでも、自分一人で、費用をかけることなく、手軽に作成することができるというメリットがあります。
    他方、民法が定める方式に従ったものでなければならないこと、家庭裁判所の検認が必要であること、発見されなかったり隠匿・破棄されたりするおそれがあること、文言が曖昧で一義的に解釈できないような場合、法律的に不備となってしまい、遺言内容を実現できない可能性があることといったデメリットがあります。

    自筆証書遺言が有効に成立するための要件は、遺言者が、遺言の全文、遺言作成の日付及び遺言者の氏名を自書し、自ら押印することです(民法968条)。

    自筆証書遺言は、誰にも知らせずに作成されることが多く、遺言作成に立ち会ったとする第三者がおらず、遺言者が作成者であることを直接証明する証拠がないため、遺言者の死後、本当に本人が自書したものなのか、何者かが遺言者の筆跡を真似て偽造したのではないか、といった争いが生ずることがあります。

    一審では遺言者の自筆であるとして遺言は有効と判断されたものの、控訴審では自筆によるものと認めるに足りず、遺言は無効であると判断された最近の裁判例(高松高判平25.7.16判時2215号100頁)を紹介いたします。

  • 2 事案の概要

    遺言者は明治38年生まれの男性で、昭和43年(63歳のとき)に脳梗塞を発症し、その後、昭和60年(80歳のとき)に亡くなりました。相続人の間で有効無効が争われた遺言は、昭和53年(73歳のとき)の日付で作成されたものでした。

    相続人のうちの一人が、遺言者は昭和43年に脳梗塞を発症し、その後右半身まひの後遺症に悩まされ、文字を筆記するにも困難が伴っていた、遺言の筆跡と昭和53年前後に遺言者が当該相続人や親戚に宛てた年賀状での遺言者の筆跡とは異なるなどと主張して、遺言が遺言者の自筆によるものではなく、無効であるとして、遺言無効確認の訴えを提起しました。

  • 3 判決の内容

    一審判決は、押印された印鑑が遺言者のものであり、筆跡が偽造であると認める的確な証拠がなく、形式、内容等もあえて偽造を裏付けるものとはいえない等として、遺言者が作成したものであり、遺言は有効であるとしました。

    これに対し、控訴審判決は、遺言の筆跡と遺言者が作成したとされる文書の筆跡とを比較対照し、
    ①遺言者が作成したとされる文書の筆跡で遺言の筆跡と相当似ているものがあるものの、これらは遺言者の妻の筆跡に相当似ていること、
    ②遺言者が昭和53年前後に当該相続人や親戚に宛てた各年賀状は、いずれもふるえた文字で記載されていて、互いに相当に近似し、同一人の手によるものとも推認し得る筆跡であること、
    ③これら各年賀状はいずれも遺言者の名前が漢字で記載されていないのにかかわらず、遺言では名前が漢字で記載されていること、④昭和52年の年賀状には、脳梗塞になってもう10年になり今も右半身に麻痺がある旨の記載がなされているところ、この記載内容は遺言者が昭和43年に脳梗塞を発症したことと時期的に整合していること
    等を認定したうえで、これら各年賀状における筆跡こそが遺言者の昭和53年ころの筆跡であった可能性が高いとし、争いの対象となった遺言は、遺言者の自筆によるものとは認めるに足りず、自筆証書遺言としての要件を満たさないから、無効であると判示しました。

  • 4 遺言者が自書したことを証明できるようにしておくには

    先に述べたとおり、自筆証書遺言はいつでも手軽に作成できるというメリットがありますが、自筆証書遺言を作成したものの、亡くなった後に、相続人の間で、遺言者が自書したものであるか否かを巡って争いが生じてしまうことは、非常に残念なことです。

    近年は、仕事でも日常生活でもパソコンやワープロを使用することが多くなり、自筆の文書を残すことが少なくなりましたが、遺言が自書したものであるか否かが争われた場合、遺言における筆跡と遺言者が作成したと証明される他の文書における筆跡と比較対照することが有力な証明方法となりますので、もし自筆証書遺言を作成される場合には、日記・手帳・手紙その他、自筆で作成したものをできる限り数多く残しておくことが有用といえます。