赤斜線が引かれた自筆証書遺言は無効との最高裁逆転判決【最判平成27年11月20日】

弁護士

本橋 光一郎

  • 1 事案の概要

    遺産の大半を二人の子供のうちYに相続させると書かれている自筆証書による遺言書1枚があり、それには、赤色のボールペンで左上から右下に大きく斜線が引かれていました。
    もう一人の子供であるXは、上記遺言書は無効であるとして、遺言無効確認の訴訟を起こしました。

    第1審、第2審は、「赤斜線が引かれた後も元の文字が判読できる以上、民法1024条前段に定める『故意に遺言書を破棄したとき』には当たらないので遺言は有効である」として、Xの請求を棄却しました。
    そこで、第1審、第2審判決に納得できないXは、最高裁に上告しました。

  • 2 逆転の最高裁平成27年11月20日判決

    注目の最高裁の判決が平成27年11月20日出されました。

    判決全文は以下に掲載されています。
    http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/488/085488_hanrei.pdf

    その判決内容は、第2審判決を破棄、第1審判決を取り消して、遺言が無効であることを確認するとの大逆転最高裁判決となりました。

    その理由とするところは、「赤色のボールペンで遺言書の文面全体に斜線を引く行為は、その行為の有する一般的な意味に照らして、その遺言書の全体を不要のものとし、そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる意味の表れとみるのが相当である。本件遺言に故意に本件斜線を引く行為は、民法1024条前段所定の「故意に遺言書を破棄したとき」に該当するというべきであって、これにより本件遺言を撤回したものとみなされることになる。したがって、本件遺言は効力を有しない」とするものです。

  • 3 考察

    民法1024条による遺言書の破棄についての従前の学説としては、破棄とは、遺言書の焼捨て、切断、一部の切捨てなど遺言書自体の有形的破棄の場合のほか、遺言書を抹消して、内容を識別できない程度にすることもいう、元の文字を判読できる程度の抹消であれば、破棄ではなく、変更ないし訂正として一定の形式を備えない限り、元の文字が効力をもつことになる、という見解が通説でありました。

    したがいまして、この通説によりますと、元の文字を判読できる状態であれば、民法1024条の遺言書の破棄には当らないとする第1・第2審の判断につながってくるといえます。

    しかし、最高裁の新判断は、本件のように赤色のボールペンで遺言書の文面全体に斜線を引く行為は、その行為の一般的な意味に照らして、その遺言書の全体を不要のものとし、そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる意思の表れとみるのが相当であって、「故意に遺言書を破棄したとき」に該当するとするものです。

    この最高裁判決は、従前の通説の解釈と異なるものでありますが、一般人の素直な認識、常識にかなうものであって、妥当な判断であるといえましょう。

  • 4 留意事項・結語

    この最高裁判決はあくまでも遺言者本人が赤斜線を引いたことが前提となっています。
    第三者が斜線を引いて、それで遺言書が無効とされては、遺言者の意思が無視されることになって、大問題となります。

    斜線を誰が引いたか不明であっては、この判決と同じ結論とはなりませんのでご注意ください。

    また、遺言書破棄にもいろいろ他の形態があることに注意するべきです。
    故意にビリビリに破り捨てる、あるいは燃やす、本人署名押印を塗りつぶしたりしていれば、明確でした。

    あるいは、前の遺言書を撤回、取り消す旨の遺言書をさらに作っておくことも考えられます。

    本件は、赤斜線を引いただけで、又、封緘して、金庫に保管していたのでそれが争いの元となりました。

    このケースの遺言者は平成14年に死亡しており、この最高裁判決まで13年もかかっています。この判決で遺言書は無効となりましたが、そうするとこれから遺産分割協議をすることが必要となります。

    遺言者は、自分の死後に相続人ら間で争いが起こることを避けるために遺言書を作成したものと思いますが、むしろ本件ではその遺言書が争いを呼んでしまったのは皮肉な結果といえます。