民法910条に基づく価額支払請求における遺産の評価基準時【最二判平成28年2月26日】

弁護士篠田大地

  • 1 はじめに

    民法910条は、以下のとおり定められています。
    「相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしたときは、価額のみによる支払の請求権を有する。」
     
    一方、認知の効力を定めた民法784条は、以下のとおり定められています。
    「認知は、出生の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者が既に取得した権利を害することはできない。」
    784条からすれば、本文により、認知された者を除外してなされた遺産分割は無効となりそうなところ、但書により、遺産分割は有効となります。
    しかしながら、単に遺産分割が有効になってしまうと、認知された者の権利が確保されないため、民法910条によって、認知された者に価額支払請求権が認められています。
    この民法910条に基づく価額支払請求権に関して、①価額算定の基準時がいつか、②価額の支払債務が履行遅滞となる時期がいつかについて、最高裁による判断がなされましたので、ご紹介いたします。

  • 2 事案の概要

    (1)当事者について

    被相続人Aには、配偶者Bと、Bとの間の子であるY1からY3がいました。
    平成18年に被相続人Aが死亡後、Xが認知されました。

    (2)経緯

    経緯を時系列で示すと以下のとおりです。
    H18.10.7  A死亡
    H19.6.25  B、Yら間で遺産分割協議成立(負債を含む)
    H21.10   XがAの子であることの認知を求める訴え提起
    H22.11   認知を求める訴えの認容判決確定
    H23.5.6   XがYらに対し民法910条に基づく価額の支払請求
    H23.12   本件訴訟を提起

    (3)遺産の評価額

    それぞれの時点における遺産の評価額は、以下のとおりです。
    なお、裁判例からは、具体的にどのような遺産であったのかは明らかではありませんでした。
    遺産分割協議時の評価額(H19.6.25)    17億8670万3828円
    価額の支払請求時の評価額(H23.5.6)     7億9239万5924円
    第1審口頭弁論終結時の評価額(H25.9.30) 10億0696万8471円

  • 3 判旨

    最高裁では、①価額算定の基準時がいつか、②価額の支払債務が履行遅滞となる時期がいつかについて、以下のとおり判示しました。

    (1)価額算定の基準時

    相続の開始後認知によって相続人となった者が他の共同相続人に対して民法910条に基づき価額の支払を請求する場合における遺産の価額算定の基準時は、価額の支払を請求した時であると解するのが相当である。
    なぜならば、民法910条の規定は、相続の開始後に認知された者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしていたときには、当該分割等の効力を維持しつつ認知された者に価額の支払請求を認めることによって、他の共同相続人と認知された者との利害の調整を図るものであるところ、認知された者が価額の支払を請求した時点までの遺産の価額の変動を他の共同相続人が支払うべき金額に反映させるとともに、その時点で直ちに当該金額を算定し得るものとすることが、当事者間の衡平の観点から相当であるといえるからである。
    そうすると、本件の価額の支払請求に係る遺産の価額算定の基準時は、上告人が被上告人らに対して価額の支払を請求した日である平成23年5月6日ということになる。

    (2)履行遅滞となる時期

    また、民法910条に基づく他の共同相続人の価額の支払債務は、期限の定めのない債務であって、履行の請求を受けた時に遅滞に陥ると解するのが相当である。
    そうすると、本件の価額の支払請求に係る遅延損害金の起算日は、上告人が被上告人らに対して価額の支払を請求した日の翌日である平成23年5月7日ということになる。

  • 4 コメント

    以上のとおり、本判決により、民法910条に基づく価額支払請求権に関して、①価額算定の基準時が価額の支払を請求した時であること、②価額の支払債務が履行遅滞となる時期が履行の請求を受けた時であることが明らかになりました。
    民法910条は、相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産分割を請求しようとする場合の規定ですので、該当する事例はそう多くはないかもしれませんが、民法上不明確な点を明らかにした判例であり、重要な判決であることに間違いありません。
    なお、一点注意が必要なのは、上記の判例は、あくまで「価額算定の基準時」を明らかにしたにすぎず、対象となる遺産の範囲を、「価額の支払を請求した時」に存在するものとしたのではないということです。例えば、共同相続人間で遺産分割を行い、一部の相続人が遺産を処分した後、認知された者が価額の支払請求をすることが考えられますが、この場合、価額の支払い請求の算定に当たって、処分した遺産をどのように考慮するかについては、議論が分かれるかもしれません。