本人が相続放棄したことを理由としてなされた遺産分割手続から本人を排除するとの決定が、後に選任された成年後見人が本人の代理人として申立てた即時抗告に基づき、取消された事例【東京高決平成27年2月9日】

弁護士

本橋 光一郎

  • 1 事案の概要

    遺産分割調停に先立って本人Aによる相続放棄の申述が受理されているとして、一審の横浜家裁において、「Aを遺産分割調停手続から排除する」との決定がなされていました。しかし、その決定の後にAについて成年後見人(弁護士)が選任されて、その成年後見人がAの代理人として、Aは相続放棄申述当時、既に、相続放棄の手続を理解する能力を欠く状態にあり、放棄申述はAの意思に基づくものではないし、放棄申述前にAは被相続人亡Bの遺産を一部受領して消費するなど法定単純承認に当たる行為もしているから、Aの相続放棄申述は無効であると主張して、「Aを遺産分調停手続から排除する」との一審の決定の取消しを求めて、第2審である東京高裁に対して、即時抗告を申し立てた事案です。

  • 2 第2審東京高裁の判断(第1審決定の取消し)

    第2審東京高裁は次のように述べて、第1審横浜家裁の「Aを遺産分割調停手続から排除する」との決定を取消しました。

    (1)A(昭和2年生)は、平成23年から進行し始めた認知症により、平成26年時点では精神上の障害は重度となっており、計算や物事の理解力が低下し、知能指数的には8歳程度の状態にあった。

    本件放棄申述をした時点でも、同様の状態であった。

    Aは(成年後見申立事件において鑑定人となった)G医師に対し「相続放棄をしていない」と述べ、また、Aには、亡Bの遺産以外に月額2万9000円の年金収入しかなく、生活をまかなえる状態でないのに、放棄申述手続では、「自分の生活が安定している」ことを放棄の理由としており、A自身の経済状態を的確に把握・理解しているとも認められない。

    そもそもAには亡Bの遺産に対し放棄申述する合理的な理由は見いだし難いところ、Aは、E(長女である亡Dの子である)に勧められるなどして、相続放棄の意味を理解できないまま、放棄申述をしたもので、Aの意思に基づくものではないと認めるのが相当である。

    (2)もっとも、(G医師とは別な)H医師のHSD-R(長谷川式簡易知能評価スケール)では26点であったが、H医師は精神科の医師ではなく、(この検査結果は)必ずしも信頼性が高いものではないから、この結果のみをもって、直ちにAの能力に問題はないとすることはできない。

    これに対してG医師は、精神科の専門医であって、(鑑定を行なった期間内において)4回にわたって診察し、必要な検査を行ったうえで診断しており、その診断結果によれば、Aは本件放棄申述当時、精神上の障害の程度が重度で、特に経済面での理解力は極めて低下した状態にあり、相続放棄の意味を的確に理解することができないまま家族の求めに応じて放棄申述をしたものと認められるから、本件放棄申述は、放棄の意思が欠けており無効というべきである。

    (3)Aは、排除決定謄本の送達を受けたこととなっているが、上記経過に照らすと、A自身が受け取ったとすることに問題がないわけではないし、仮にA自身が受け取ったとみるとしても、「訴訟無能力者に対する送達」と同視できると解するのが相当である。そうすると原審決定正本の送達は、法定代理人に対してされなければ効力が生じない(民訴法102条1項参照)から、(成年)後見人が就任し、原決定を了知したときから(抗告申立ての期間が)進行するものというべきであるが、後見審判が確定した4日後に本件抗告の申立てをしたものであって、原決定に対する即時抗告期限内にされたものとみることができ、適法なものと認められる。

    (4)よって、法定単純承認に当たる行為があったか否かの点を判断するまでもなく、本件放棄申述は無効であり、本件放棄申述が受理されたことを理由としてAを手続から排除した原決定は不当であるから取消すこととして、主文のとおり決定する。

  • 3 考察…東京高裁の判断に対するコメント

    ①相続放棄申述以前のAの心身及び経済状況、並びに、相続放棄申述の経緯、状況、Aに放棄申述をする動機、理由がなかったことなどから、Aに相続放棄申述の真意がなかったことを認めたこと、及びH医師ではなく、G医師の診断、検査について信頼性の高さを認めたことも、本件の事実関係からして合理性・相当性があるものと考えられます。

    ②そのうえで、「訴訟無能力者への送達」と同視できるとして、成年後見人が本人の代理人として申立てた即時抗告について、即時抗告期間内の抗告と(審判以外の裁判(決定)に対する即時抗告は、1週間の不変期間とされています)して、適法として認めたのも、納得できるものです。

    ③なお、東京高裁は、抗告人(A成年後見人)の「Aは放棄申述前に遺産の一部を受領して消費しているので、法定単純承認をしているので、放棄申述は無効である」との主張については、(放棄の意思が認められないので)その点について、判断するまでもないとして、本件放棄申述は無効であって、本件放棄申述がなされたことをもって、Aを手続から排除した決定は不当であって取り消すとの結論を導いています。しかし、A代理人である成年後見人の主張が、(決定書において、当事者の主張として記載されているところの)保険金の受領をもって法定単純承認にあたるとの主張であるのならば、保険金は遺産に当たらないので、そのことをもって単純承認とみることはできず、その点についての成年後見人の主張は成り立たないと考えます(この点の成年後見人の主張が成り立たないとしても、上述のとおり、放棄申述無効の主張が成り立つので、原決定取消しの結論は変わりません)。

  • 4 実務上の留意事項

    成年後見人が選任されると、従前、本人としてなされた行為につき、成年後見人から無効、取消しの申立て等がなされたことがあり得ます。

    [親族等の関係者の立場において]

    本件の相続放棄申述のように本人の行為(相続放棄申述)がなされて、家裁で受理されていても、後で成年後見人が付くと、成年後見人からひっくりかえされることがあり得ることに注意されたい。

    また、遺留分減殺請求のように、本人がそれ(遺留分減殺請求)をしていなかった場合でも、成年後見人が選任されると、成年後見人から遺留分減殺請求がなされることがあること、及びその場合、権利行使の期間が成年後見人選任から進行するとされることがあり得ることにも注意されたい。

    [成年後見人に選任された者の立場について]

    (1)本人の行為につき、無効、取消しを申立て得ることがあるので、成年後見人に選任されたら漫然放置することなく、速やかに事実関係を確認し、判断したうえ、申立てが必要と考えたら、速やかに申立てをすることが肝要です。

    また、遺留分減殺請求のように本人が行使していなくても、成年後見人として請求権を行使することが可能なものもあるので、速やかに事実関係を確認し、行使するべきものと考えたら、行使することが肝要です。

    (2)本件では、就任後4日(遺産分割調停手続から排除するとの決定は、審判以外の裁判(決定)と考えられ、審判以外の裁判(決定)に対する即時抗告期間は1週間(7日)以内とされています)で手続排除決定の取消しの申立てがなされています(なお、審判の場合には、審判に対する即時抗告は2週間(14日)以内とされています)。

    (3)他の用務がある場合などで多忙であるとして、手をつけないでいると、期間経過済みとされて、成年後見人としての職責を果せなくなることがあり得るので、大いに注意すべきです。