相続の開始があった時から10年を経過した後にした遺留分減殺請求権の行使について、右請求権の行使を期待することができない特段の事情があったとは認められないとして、民法1042条後段の効果が生じたとされた事例【仙台高判平成27年9月16日】

弁護士

下田 俊夫

  • 1 はじめに

    遺留分を侵害されているという場合、遺留分減殺請求を行う必要があります。
    この遺留分減殺請求権は、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないと、時効により消滅し、遺留分減殺請求を行い得なくなります(民法1042条前段)。
    また、相続の開始等があったことを知らなくても、相続開始の時から10年経過すると、同様に時効により消滅し、遺留分減殺請求を行い得なくなります(同条後段)。この10年は、除斥期間であるといわれています。

    事情があって相続の開始があった時から10年を経過した後に遺留分減殺請求権の行使した場合に、同請求権は消滅したとして、行使することができなくなるか否かについて争われた裁判がありますので、紹介いたします。

  • 2 事案の概要及び判決内容等

    被相続人は、平成7年に自筆証書遺言を作成し、その後、平成10年1月5日に亡くなりました。

    翌平成11年6月に、相続人間で遺産分割協議(1回目)が行われ、その際、被相続人の長男が、被相続人の自筆証書遺言について、「土地建物を孫(長男の子)に贈りたいということが書いてある。しかし、開封されているため遺言としての効力はない。司法書士からそのように聞かされた。」と述べたため、遺言によることなく、相続人間で分割協議が行われましたが、話し合いはまとまりませんでした。数年後に、2回にわたり分割協議が行われたものの、このときもまとまりませんでした。

    平成23年10月に行われた分割協議(4回目)で、長男は、前に述べた発言を改め、遺言は有効である旨の見解を述べました。その後、長男は遺言の検認の申立てを行い、平成24年2月に遺言の検認が行われ、また、長男の子は、相続財産である被相続人の土地建物につき遺贈を原因とする所有権移転登記を行いました。

    他の相続人が、平成24年6月27日、遺留分減殺請求行使の意思表示を行ったところ、長男の子は、いったんはこれに応じる姿勢を示したものの、のちにこれを拒絶したため、裁判となりました。

    原告側は、平成24年に遺言の検認が申し立てられるまで遺言を見せられていなかったことから、10年の除斥期間の適用はなされるべきではないと主張しましたが、一審判決は、被相続人の死亡から10年を経過した平成20年1月5日に遺留分減殺請求権は消滅している、その間に行われた遺産分割協議において、要求すれば遺言の開示を受けられる状態にあったことからすれば、除斥期間の規定の適用を排除すべきとはいえないなどとして、原告側の請求を棄却しました(仙台地判H26.12.19)。

    原告側が控訴したところ、控訴審は、(長男及び長男の子による)遺言に基づく権利主張が相続開始から10年以上経過した後になされたこと、遺言の存在は相続開始の時から約1年半後には明らかになっていたものの、遺言としての効力が無効であるとの見解が専門家の見解として紹介され、(この見解は誤っているものの)相続人全員がこれを信じて遺言が無効であることを前提として分割協議が継続されていたという事情を踏まえて、「相続開始の時から10年間にわたり、有効な遺言が存在することを認識し得ず、その結果、遺留分減殺請求権を行使することを期待できない特段の事情があったと認めるのが相当である。」とし、「本件においては、民法1042条後段の適用については、同法160条の法意に照らし、遺留分権利者である控訴人が、上記特段の事情が解消された時点から6ヶ月以内に同権利を行使したと認められる場合には、被控訴人について、同法1042条後段による遺留分減殺請求権消滅の効果は生じないものと解するのが相当である。」との判断を示しました。

    そして、上記特段の事情が解消された時点については、平成23年10月の第4回の遺産分割協議において、長男が遺言の効力についての見解を改め、有効である旨を主張したときであると認定し、控訴人による平成24年6月27日の遺留分減殺請求権の行使は、この時点から6ヶ月以上を経過しているとして、結論として、控訴人の控訴を棄却しました(仙台高判H27.9.16判時2279.67)。

    なお、この控訴審判決に対しては、原告側から上告がなされています。

  • 3 実務上の注意点

    上記裁判例は、かなり特殊な事案ですので、一般化することはできません。

    もっとも、遺言が無効であると争っている場合に、遺言が有効であることを前提とした遺留分減殺請求をすべきか否かについては、実務上比較的多くみられるケースです。

    具体的にいいますと、遺言が無効であると主張しているにもかかわらず、遺言が有効であることを前提とした遺留分減殺請求をすることは、いわば矛盾する主張であるため、あえて遺留分減殺請求をしないという判断がありえます。
    他方、もし遺留分減殺請求をせずに相続開始の時から1年以上経過した後に、遺言が有効であることが認められ確定してしまうと、その時点では遺留分減殺請求を行使し得なくなってしまい、遺留分すら確保できなくなってしまうことがありえます。

    このようなケースでは、遺言無効が認められなかった場合に備えて、主位的には遺言が無効であると主張しつつ、予備的に(主位的主張が認められなかった場合に)遺留分減殺請求を行使しておくという対応が必要となります。