夫婦がハワイ州で開設したジョイント・アカウント預金は夫の死亡による相続財産に該当しないとされた事例【東京地判H26.7.8】

弁護士

下田 俊夫

  • 1 はじめに

    最近では、海外に拠点をおく金融機関に預金や投資信託等の金融資産を有する方も増えてきました。国や州、金融機関によっては、日本の金融機関にはみられない預金口座を開設するできることがあります。
    その一つに、ジョイント・アカウント(ジョイント口座)と呼ばれるものがあります。ジョイント・アカウントは、2名以上の名義人(共同名義人)で開設する銀行預金口座のことをいい、海外では、一般的に、夫婦や親子が、生活費などを共有するためにジョイント口座を開設することが多いとされています。
    各々の共同名義人は、ジョイント・アカウントから自由に預金を引き出すことができます。

    夫婦でジョイント・アカウントを開設していたところ、夫婦の一方が死亡した場合に、そのジョイント・アカウントの預金が相続においてどのように取り扱われるかが争われた裁判がありますので、紹介いたします。

  • 2 事案の概要及び判決内容等

    夫と妻(後妻)がバンク・オブ・ハワイにジョイント・アカウントを開設していたところ、夫が亡くなりました。
    夫は公正証書遺言を作成しており、預金や有価証券等の金融資産については、先妻の子に6/10を、後妻に4/10を相続させる旨が書かれていました。
    もっとも、金融資産に関する条項中に日本の金融機関名は列挙されていたものの、バンク・オブ・ハワイは記載されていませんでした。先妻の子が、バンク・オブ・ハワイの預金(死亡時残高約3895万円)が相続財産にあたるとし、その6/10は遺言により相続したとして、後妻に対し、6/10に相当する額の支払を求めて提訴しました。

    この裁判では、ジョイント・アカウントが、遺産分割などの対象となる被相続人の私法上の相続財産に該当するか否かが争われました。

    一審の東京地方裁判所は、ハワイ州法及びバンク・オブ・ハワイとの預金契約によると、共同名義人の一人の死亡により生存名義人が自動的に死亡名義人の財産を所有するとされ、死亡名義人の遺産を構成しないこと、遺言によっても生存名義人が有する権利を変更することができないとされていること等を踏まえて、ジョイント・アカウントは、共同名義人の死亡時には相続により移転することはなく、相続の客体とはなり得ず、私法上の相続財産に該当しないと判断し、結論として、先妻の子の請求を棄却する判決を言い渡しました(東京地判H26.7.8判タ1415.283)。

    先妻の子が、一審判決を不服として東京高等裁判所に控訴したものの、東京高裁も、一審判決と同様、ハワイ州法及びバンク・オブ・ハワイの預金契約を踏まえつつ、ジョイント・アカウントは被相続人の私法上の相続財産に該当しないと判断し、先妻の子の控訴を棄却しました(東京高判H26.11.20判決集未登載)。

  • 3 実務上の注意点

    夫婦が共同でジョイント・アカウントを開設すると、夫が死亡した場合、生存名義人である妻は、相続手続によらずして、当該預金を所有することになります。

    被相続人が日本国籍であっても、海外に不動産や預金などの財産を有している場合、渉外相続の問題が生じます。アメリカの場合ですと、基本的には、プロベイトと呼ばれる手続を要するとされ、裁判所の管理のもと、被相続人の財産の調査や債務の弁済などが行われ、残った財産が相続人などに引き渡されることになります。

    プロベイトがなされることになると、時間も費用もかかることになりますが、ジョイント・アカウントは、こうした手続を経ることなく、生存名義人が当該預金を所有し自由に利用することができますので、プロベイトを回避のために活用することができるといわれています。

    一方で、ジョイント・アカウントが特別受益に該当するか、また、遺留分の算定基礎に含まれるかといった問題もあり、これらについては定まった解釈・裁判例がなく、後々争いが生ずることもありうるため、留意が必要です。