死後認知によって相続人となった者の遺留分減殺請求と民法910条との関係【東京高裁平29.2.22】

弁護士

下田 俊夫

  • 1 はじめに

    死後認知により相続人となった者(被認知者)は、被相続人の遺産分割が未了の場合、相続人として遺産分割協議に参加することができます。
    もっとも、既に相続人間で遺産分割が終了している場合は、被認知者は、遺産分割のやり直しを求めることはできず、価額のみによる請求権を有するにとどまります(民法910条)。
    では、被相続人が遺言を作成しており、その内容が被認知者の遺留分を侵害するものであった場合、例えば、被認知者以外の共同相続人に全ての財産を取得させる一方、被認知者には何らの財産を取得させない旨の遺言が作成され、その遺言に従って既に共同相続人間で遺産分割が終了していた場合に、被認知者は、どのようにして遺留分を回復することができるのでしょうか。
    また、遺言に基づいた遺産分割が共同相続人の各相続分どおりに行われていない場合、被認知者は、他の共同相続人に対して、いかなる割合で請求することができるのでしょうか。
    こうした問題が争点となった裁判例がありますので、紹介いたします。

  • 2 事実関係及び裁判所の判断

    (1) Aは、遺言を作成して亡くなりました。遺産総額は1億2000万円で、いわゆる相続させる遺言に基づき、妻Bが2600万円、子Cが800万円、子Cの子(Aの孫)でAの養子であるYが4600万円、Yの妻でAの養子であるDが4000万円の財産を取得しました(計算の便宜上、実際の数字を若干変えています。)。

    (2) Xは、Aの非嫡出子で、Aが亡くなった後に死後認知の訴えを提起し、その後、認容判決が確定しました。

    (3) 死後認知の訴えの認容判決の確定により、Aの法定相続人は妻B、子C、養子Y、養子D、被認知者Xの5人、Xの相続分は1/8、遺留分は1/16、遺留分額は750万円となりました。

    (4) Xは、C・Y・Dを相手方として、死後認知後の価額支払を求める調停を提起しましたが、不成立により終了し、その後、XはYのみを被告として死後認知後の価額支払を求める訴訟を提起しました。

    (5) 一審の東京地裁は、民法910条に基づき遺留分の限度で価額の支払請求ができるとし、Yの負担額については、各共同相続人に対する請求権が連帯債務であることを前提とした規定は存在しないため、C・Y・Dの各相続人は分割債務を負うとして、遺留分額(750万円)の1/3の限度で負担するとしました。

    (6) Xが控訴したところ、控訴審の東京高裁は、次のとおり判示しました。
    「認知は、出生の時にさかのぼってその効力を生ずる(民法784条本文)が、第三者が既に取得した権利を害することができない(同条ただし書)ところ、民法910条の価額支払請求の制度は、遺産分割等が既に終了している場合に、他の共同相続人との関係において、分割等のやり直しを避けて遺産分割等の効力を維持しつつも、価額のみによる支払の請求権を認め被認知者の保護を図る趣旨と解される。
    このような制度の趣旨に鑑みるならば、死後認知によって相続人となった者の遺留分を侵害する遺言がなされ、これに基づき共同相続人間で遺産分割がなされた場合には、被認知者は民法910条の価額支払請求によってのみ、自らの遺留分の回復を図ることができるものと解される。
    すなわち、価額支払の請求時点における遺産の価格を基準として(平成28年2月26日最高裁判決)、自らの遺留分割合に相当する金額を共同相続人に請求できるものというべきである。
    しかして、価額支払を請求しうる共同相続人及びその負担割合については、上記の趣旨に照らし、遺留分減殺請求に関する判例法理(平成10年2月26日最高裁判決、平成24年1月26日最高裁判決)に従い、遺言によって遺留分を超える遺産の相続を受けた共同相続人に対して、遺留分額を超える価格の割合(算定基準時は相続開始時)に応じて、請求しうるものと解するのが、遺留分制度の趣旨とも整合し、合理的である。」
    妻Bの遺留分超過額は0円(取得額2600万円-遺留分額6000万円)、子Cの遺留分超過額は50万円(取得額800万円-遺留分額750万円)、Yの遺留分超過額は3850万円(取得額4600万円-遺留分額750万円)、Dの遺留分超過額は3250万円(取得額4000万円-遺留分額750万円)、共同相続人の遺留分超過額は計7150万円であるため、Yの遺留分を超える割合に応じた額は約403万円(3850万円/7150万円×750万円)であるとされました(なお、訴訟の途中でCが亡くなり、Cの相続分の一部をYが承継したため、実際の認容額はその分が加算されています)。

  • 3 実務上の注意点

    死後認知の被認知者は、被認知者の遺留分を侵害する遺言がなされ、その遺言に基づいて遺産分割がなされた場合、死後認知後の価額支払請求によってのみ、遺留分の回復を図ることができることになります。
    つまり、遺留分減殺請求権の行使による物権的効果が発生することはなく、価額支払請求(金銭債権の発生)によって遺留分の回復が図られることになります。
    なお、死後認知の認容判決確定から1年以内に遺留分減殺請求権を行使しなかった場合、議論は固まっていないものの、もはや権利行使できないとされる可能性がありますので、速やかに権利行使を行う必要があります。
    また、被認知者は、遺言によって遺留分を超える遺産の相続を受けた他の共同相続人に対して、遺留分額を超える価格の割合に応じて価額の支払を請求しうることになります。
    他の共同相続人がいくら負担するかについては、これまでの判例解釈に従った計算が必要となりますので、弁護士などの専門家に相談されることをお勧めします。