民法976条4項に基づく危急時遺言の確認の申立てについて、当該遺言が一応遺言者の真意に適うと判断される程度の心証は得ることができるとして、遺言の確認がされた事例(東京高等裁判所令和2年6月26日決定)

弁護士

前田光貴

  • 第1 はじめに

    本件は、深刻な病状で入院中の遺言者がした危急時遺言(本件遺言)について、その証人と なった者が、民法976条4項に基づき、家庭裁判所に遺言の確認を求めた事案です。
    原審(東京家庭裁判所令和2年2月4日審判)では、原審申立人の申立てを却下したところ、原審申立人及び利害関係人(遺言者の長男)が即時抗告した事案です。
    本件遺言の際における遺言者とのやりとりの内容については、証人の証言が一致しているところ、これらの証人がいずれも弁護士からの依頼に基づいて証人となった行政書士であることからすると、各供述の信用性は高いというべきであり、また、本件遺言の内容は遺言者の状況からみて合理性を有する内容といえることなどから、本件遺言は遺言者の真意に適うものであるとして、原審判を取り消したうえで、遺言者が本件遺言をしたことを確認した事例です。
    本件は、おおむね同様の認定事実の下で、家裁と高裁の判断が分かれた事例であり、その背景には、遺言者の真意につき得るべき心証の程度に関する理解の違いもうかがわれることから、これらを検討することは実務上有益と思われますので、紹介いたします。

  • 第2 事案の概要

    1 遺言者について

    遺言者(昭和17年生)の法定相続人は、その夫、長女及び長男(以下「抗告人B」という。)である。遺言者は、平成30年●月8日、自宅でほぼ寝たきりの状態にあったが、同居する夫及び長女から十分な介護を受けられなかったことから、抗告人B夫婦の手配により、本件病院での入院に至った。遺言者は、入院後、感染性心内膜炎を発症し、急激な病状悪化により、日単位で命を落とす可能性があった。

    2 遺言書作成に至る経緯

    F弁護士は、●月3日、遺言者の長男から遺言者の財産について相談を受けた。同弁護士は、6日に長男宅を訪問し、長男と遺言者と面談をし、公正証書遺言作成を話題にした。遺言者との意思疎通には問題はなく、遺言者は公正証書遺言作成に同意し、その内容として、「B(長男)にすべて残す。」と述べ、公正証書遺言の作成をF弁護士に委任する旨の契約書を作成した。その後、手続きに時間がかかる中で、18日に長男から遺言者の体調がよくないという連絡があり、念のため危急時遺言の手続きをすることとした。

    3 危急時遺言作成時の状況に係る証人らの説明内容

    申立人、I及びJの2名の証人(以下、3名を併せて「申立人ら」という。)はいずれも行政書士である。申立人らは、19日午前11時過ぎ、F弁護士と長男とともに遺言者の病室を訪問し、長男が申立人らを遺言者に紹介した。
    その後、遺言を作成するが大丈夫かと尋ねられた遺言者がうなずいたため、同弁護士と長男は退席し、申立人ら以外の立会人がいない状況となった。
    申立人が「誰に財産を相続させますか。」と尋ねると、遺言者は「B」と答えた。申立人が「他の方はどうですか。」との質問に対して、「いない。」もしくは「Bだけ。」と答えた。

    4 遺言者と調査官との面談結果

    調査官は、本件申立てを受けて、23日、遺言者と面接した。
    遺言者に対し、遺言の手続きをしたかと尋ねると「そう。」と答えた。遺言を作成する場面に誰が立ち会ったかと聞くと「息子と。」と言った後黙った。他にも誰かいたかとの問いには、「あとは、息子と娘。」と答えた。どのような内容の遺言を作成したかと尋ねると「娘。」、「きれいにしたい。」と一言ずつ述べた。意味を聞くと「娘と息子と、きれいにしたい。」と述べた。
    遺産の内容について尋ねると「わかんないね。」と答えた。調査官は、遺言者に対し、申立人が証人となって遺言書を作成したと聞いているが、作成した記憶はあるかと尋ねると「はい。」と答えた。
    調査官が、遺言書を読み上げると、目を開けたまま遺言者は黙って聞いていた。読み上げた遺言書を作成したかと聞くと、遺言者はうなずいた。その後、遺言者は死亡した。
    20210825図

  • 第3 東京高等裁判所令和2年6月26日決定の判断

    1 結論

     「遺言者が平成30年●●月19日別紙記載の遺言をしたことを確認する」との決定を下した。

    2 理由

     本決定の判断をまとめると次のとおりです。
     家庭裁判所による遺言の確認には既判力がなく、他方でこの確認を得なければ当該遺言は効力を生じないこと に確定してしまうことからすると、遺言者の真意につき家庭裁判所が得るべき心証の程度について は、確信の程度にまで及ぶ必要はなく、当該遺言が一応遺言者の真意に適うと判断される程度のもので足りると解するのが相当である。
     いずれも行政書士である3人の証人 が供述する本件遺言の際の証人と遺言者とのやりとりの内容からは、遺言者が遺言の趣旨を理解し た上でこれを口授していることがうかがわれる。
     全ての遺産を長男に相続させるという本件遺 言の内容は、遺言者が長男宅に引き取られるに至 った経過等からみて合理性を有する。
     本件病院に入院中の遺言者の状況をみると、日によって意識レベルや応答能力に変動がある様子も見受けられるのであり、そうすると、(調査官との面談時の遺言者の言動について)同日の遺言者の状態がたまたま悪かったということも考えられるところである。
     以上の検討を総合すれば、本件遺言については、それが一応遺言者の真意に適うと判断される程度の心証は得ることができるものというべきである。

  • 第4 コメント

    1 民法976条5項は、家庭裁判所は、危急時遺言について、遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ、これを確認することがで きないと定めています。 
    2 原審は、本件遺言時の遺言者が、遺言の趣旨や効果を理解した上で口授することができたというには疑義が残り、本件遺言が遺言者の真意に出たものとは認 められないとして、本件申立てを却下しました。
    3 これに対し、本決定は、遺言者の真意につき家庭裁判所が得るべき心証の程度について は、当該遺言が一応遺言者の真意に適うと判断される程度のもので足りると解するのが相当であるとの一般論を 示した上で、原審判が判断の根拠とする認知機能検査の結果等に対しては、その日の遺言者の状態がたまたま悪かったということも考えられるなどとして、いずれも遺言者に本件遺言の趣旨を理解し得る能力がなかったとする決め手にはならないと判断し、総合的な判断の上、本件遺言は一応遺言者の真意に適うと判断される程度の心証は得ることができるとしました。
    4 家庭裁判所が危急時遺言の確認をするに当たり、遺言者の真意につき得るべき心証の程度については、一応真意らしいという程度の緩和された心証で足りるとする考え方が実務上一般的であること、この確認を得なければ当該遺言は効力を生じないことに確定してしまうこと、その効力を争う者が遺言無効確認訴訟等を提起して遺言の効力の実体的確定を図ればよいことを踏まえると、本決定は妥当なものといえます。