遺言書本文が封緘されていた封筒に記載された「私が妻より先に死亡した場合の遺言」との文言を遺言書本文と一体のものと認めて、遺言者より妻が先に死亡していたために遺言全部の効力を否定した事例【東京地判令2.7.13】

弁護士

下田 俊夫

  • 1 はじめに

     自筆証書遺言は、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければなりません(民法968条1項)。法律上は、作成した自筆証書遺言を封筒に入れ封緘する必要はありませんが、紛失したり、誰かに読まれて偽造・変造されることがないように、遺言書を封筒に入れて封緘した上で保管しておくというのが一般的です。
     遺言書を封入した封筒に遺言者による文言が付されていた場合に、当該文言を遺言書本文の記載とみることができるかどうか争われた事案がありますので、紹介します。

  • 2 事案の概要

     遺言者Aは、平成25年12月に自筆証書遺言を作成しました。Aには妻B、長女X、長男Zがいました。遺言書本文では、自宅の土地建物はBに持分3/5を、Xに持分2/5を相続させることや、Y銀行の預金をXに相続させること、XがAB夫婦の生活を援助するためにA自宅に転居し、生活の援助や自宅の手入れをしてくれたことに対する感謝の言葉や、Aの死後にBの生活がどのようになるかについて大変心配していて、Bが平穏に生活できるように配慮を求める旨の文章などが記載されていました。
     この遺言書本文は封筒に入れられ、遺言書本文の押印と同じ押印によって封印されていました。また、遺言書が封入された封筒の裏面には「私がBより先に死亡した場合の遺言」との記載がありました。
     その後、平成30年9月に妻BはAの生前に亡くなり、Aは平成31年3月に亡くなりました。Xは遺言によりY銀行の預金を相続したとしてZ銀行に対し預金の支払を求める訴訟を提起しました。他方、Zは、BがAより先に亡くなっているので、封筒裏面の文言により遺言書全部の効力がなくなったとして、訴訟に参加してY銀行の預金はXとZの準共有にあることの確認を求めました。
     この訴訟では、遺言書が封入された封筒の裏面に記載された文言の効力が争われました。

  • 3 裁判所の判断

     東京地方裁判所は、封筒裏面に記載された文言について、遺言者により記載されていたこと、封筒には遺言書本文が封緘され、遺言者による表題、住所等が記載され、封印されていることを認定した上で、封筒と遺言書本文は一体のものとして作成されたものと認められるとして、封筒裏面に記載された文言は、遺言書本文の記載と同様に遺言に含まれると判示しました。
     その上で、「私が妻より先に死亡した場合の遺言」との封筒裏面の文言は、遺言者の死亡時に妻Bが生存していた場合に限って、効力を有する趣旨の条項(停止条件付遺言)と認定し、妻Bは遺言者の生前に死亡していたので条件が成就しないことが確定しているとして、遺言全部の効力を認めませんでした(Xの請求は棄却し、Zの請求は認容)。

  • 4 コメント

     遺言には、その内容が許す限り、条件や期限を付することができます。
     遺言書本文に記載せず、遺言書本文を封入した封筒に条件や期限に該当する文言を付した場合、当該文言の内容や封筒の体裁等にもよりますが、当該文言が遺言書本文と一体のものとして作成されたとして、遺言書本文と同様の効力を有することがあります。
     遺言書を封入した封筒に記載した文言は外から容易に判読できますので、もし特定の相続人にとって不利な内容の文言を封筒に記載した場合、当該相続人がその封筒に記載された文言を読むと遺言書を隠匿したり破棄したりするおそれがあります。したがいまして、遺言を封入した封筒には、遺言の内容に相当する文言は記載しないことが望ましいといえます。