弁護士
本橋 美智子
本件判例の事案はかなり複雑なので、ここではできるだけ簡略化して説
明します。
母は、平成24年に死亡し、相続人は姉と弟の二人でした。
母は、財産全部を弟に相続させる内容の自筆証書遺言(本件遺言)を残
していました。
ところが、姉は母の遺産を法定相続分(2分の1)により相続したと主
張して、弟に対し、母の生前になされた売買を原因とする母から弟への不
動産移転登記の抹消登記等を求める訴訟(前訴訟)を提起しました。
前訴訟では、弟は本件遺言の有効性について積極的には主張せず、本件
遺言の有効性についての判断はされず、姉が遺産について相続分を有する
ことについては争いがないものとされ、姉の請求が認められました。
そこで、弟は姉に対して、本件遺言が有効であることの確認を求める訴
訟(本訴訟)を提起したのです。
本訴訟の一審、控訴審では、姉が母の遺産について相続分を有すること
で前訴訟が決着しているので、本訴訟の提起は信義則に反するとして訴え
が却下されました。
しかし、最高裁は、前訴では本件遺言の有効性が判断されることはなか
った、本件遺言の有効性は母の遺産をめぐる法律関係全体に関わるもので
あるのに対し、前訴訟は母の遺産の一部が問題とされたにすぎず、実現さ
れる利益を異にする等の理由から、姉が母の遺産について前訴訟で決着し、
今後本件遺言が有効であると主張されることはないであろうと信頼した
としても、この信頼は合理的なものではなく、本訴訟の提起が信義則に反
するとはいえないと判断したのです。
本最高裁判決は、相続事件についての訴訟提起が信義則違反となるかど
うかについての判断基準を示したものとして意義があります。
被相続人が遺言を残していて、その遺言の効力について相続人間で争い
がある場合には、まず遺言の有効確認または無効確認訴訟を提起して、そ
の訴訟で遺言の効力の有無を確定しておく必要があります。
それをしないで、徒に遺産分割調停や、相続を前提とした訴訟を先にし
てしまうと、後日その調停や訴訟が無駄になってしまう可能性があるので
す。