遺留分減殺請求権が行使されたとしても、遺言執行者は、貯金債権の全額の解約・払戻しを請求できるとされた事例 (高松高裁令和3年6月4日判決)

弁護士

本橋 光一郎

  • 1 本判決の事案

     被相続人Aは令和元年6月15日に死亡し、相続人は夫B、及び、前夫との間の子C、D、E(この3名をCらと総称します)でした。
     Aは平成29年に遺言公正証書を作成していました。その遺言には、①貯金債権を含む全財産を、Bの甥であるXに遺贈する、②この遺言の遺言執行者としてXを指定する、③遺言執行者は、相続人の同意なしに、預貯金の解約・払戻し等、遺言執行のために一切の行為を行う権限を有する、との記載がありました。
     Cらは、Xに対し、遺留分減殺請求権を行使しました。
     Xは、Y(ゆうちょ銀行)に対し、Aの貯金債権全額についての解約・払戻しを請求しましたが、Yは、その支払請求に応じませんでした。
     Xは、Yを被告として、貯金の支払請求訴訟を提起しましたが、第1審(高松地裁丸亀支部)は、Cらの遺留分減殺請求権行使により、貯金債権は、CらとXの準共有となっていること等により、Xが単独で全額の払戻し請求をすることができないとして、Xの請求を棄却しました。
     そこでXは、これを不服として控訴を申立てました。

  • 2 本判決の内容

     本件控訴審判決は、第1審判決を取消して、Xの請求を全面的に認めるものでした。
     その理由は、次のとおりです。
     ① 遺留分減殺請求権が行使されても、具体的な遺留分侵害額が確定するまでは、遺留分権利者
      に帰属する範囲も確定しておらず、その権利範囲は、抽象的なものにすぎない。
     ② 遺言執行者による預貯金の払戻しは、執行の準備行為にとどまると解される。
     ③ 遺言執行者は遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し(改正前民法1012条1
      項)、相続人は、遺言執行者による遺言の執行を妨げることができない(改正前民法1013条)
      とされている。それらの規定の趣旨を考慮すると、遺言の執行を実質的に大きく制約すること
      は妥当ではない。

  • 3 本判決の意義

     (1) 遺留分権利者の遺留分減殺請求権行使と遺言執行者の職務権限についての考え方は、従
       来、遺留分減殺請求権が行使されると、預貯金債権は、遺留分権利者と受遺者との準共有
       になるので、遺産執行者による預貯金全額の払い戻しはできないとする否定説と遺言執行
       者の職務権限を重視して、遺留分減殺請求権が行使されても、遺言執行者は金融機関に対
       して、預貯金債権の全額について払戻し請求ができるとする肯定説の2説に大別されてい
       ました。
     (2) 本件控訴審判決は、上記のうち肯定説に立ったものといえます。遺言執行者の権限の重
       要性及び遺言執行の実効性の確保の見地から、この判決は妥当なものと考えます。同じく
       肯定説に立った下級審判決として東京地裁令和元年11月15日判決があります。

  • 4 相続法改正との関連

     本判決は平成30年改正の相続法が適用される以前の事案でありました。平成30年相続法改正により、「遺留分減殺請求権」制度は廃止となり、遺留分権利者から遺留分侵害者に対し侵害金の支払を求めるという債権的な権利として、「遺留分侵害額請求権」が再構成されました。
     したがいまして、今後、上記改正相続法が適用される局面では、遺留分権利者が権利を行使しても、従来のように預貯金債権が遺留分権利者と受遺者との準共有となることはありませんので、遺言執行者から金融機関に対し預貯金債権全額の払戻し請求をしても、それが拒絶されることはなくなりました。