全財産を顧問弁護士に遺贈する内容の遺言の有効性に関する事例【大阪高判平成26年10月30日】

弁護士篠田大地

  • 1 はじめに

    会社の経営者であった者が、会社の株式を含む数億円の財産について、顧問弁護士であったものに遺贈する旨の内容を記した遺言(平成15年12月作成の自筆証書遺言と、平成17年10月作成の秘密証書遺言)の有効性が争われた事件について、地裁判決はすでにご紹介しています。
    事案の概要や地裁判決の概要は以下でご確認ください。

    自筆証書遺言の効力が問題となった事例(数億円の全財産を顧問弁護士に遺贈する内容)【京都地判平成25年4月11日】

    今回は、本事案の高裁判決をご紹介させていただきます。
    なお、本事案は、その後、顧問弁護士側より上告および上告受理の申立てがなされましたが、平成27年4月9日、上告棄却、上告不受理となり、高裁判決内容にて確定しています。

  • 2 判決の概要

    (1)竹子の遺言能力について

    ア 平成15年12月当時の遺言能力

    ・竹子には平成14年頃から物忘れ等、認知症の初期症状が始まっていたことは認められるが、短期記憶に問題が生じていること以外は、見当識障害はなく、日常の意思決定もほぼ可能であり、他者とのコミュニケーションもできた。

    ・当時の竹子の日常生活の状態をみると、控訴人と委任契約を締結し、遺言書作成についての相談を頻繁に行い、その中では遺産の総額が約5億円であることや、相続人が多数いること、訴外会社の後継者選びを相談したり、自分の遺骨はJ寺に納めてほしいなど自分の依頼内容を伝えていること、平成15年11月の話合いでは、控訴人から3種類の遺言例を示されると、自ら訂正を求め、また結論も考えさせてほしいなどと述べている。

    ・本件遺言の内容は、控訴人にすべてを遺贈するという一義的かつ単純なものであり、また、遺贈する金額が高額になることが認められるが、竹子は、自ら遺産額を約5億円と認識し、主要な財産が自宅不動産、預貯金、本件株式であることも把握している。

    →竹子は平成15年当時既にアルツハイマー病の初期症状を発症していたものと推認されるが、日常は、ほぼ正常な判断能力を備えていたものと認められ、本件遺言書作成時においても、本件遺言書の具体的な意味内容が分からない程度まで判断力が低下していたとまでは認め難い。

    イ 平成17年10月当時の意思能力について

    ・平成16年11月の西陣病院入院時のアルツハイマー病との診断については、病室において家に帰りたいと騒ぐ等の不穏行動がみられたという事実によるもので、入院当日、スクリーニング検査等の客観的な検査に基づかずに診断されており、平成18年3月に西陣病院を退院して以降は状態が落ち着き、同月25日には治療が中止されている。

    ・平成17年11月の看護指示書における「Ⅳ」との診断は、介護従事者に宛てて介護の指標として記載されたものであり、医師が、竹子に対し認知症との診断をし、投薬治療を開始したのは平成19年5月になってからである。

    ・平成17年12月の京都第一赤十字病院入院時の状況は、本件秘密遺言証書の作成から3か月程度後の状況で当時の状態と同一視することはできない。

    ・これらの状況からみれば、平成17年10月3日の本件秘密遺言証書作成当時、竹子のアルツハイマー病は、平成15年当時の初期段階からさらに進行した状態にあり、短期記憶の欠如といった中核症状のみならず、しばしばせん妄等の周辺症状を発症する状況にあったと認められるが、未だ、高度のアルツハイマー病に罹患していたとまでは認められない。

    ・本件秘密遺言証書の作成時においては、竹子は、公証人や遺言執行者に対し普通に応対し、公証人が、証人2人の立会いの下、その職務として実施した本人確認や本人の遺言能力及び遺言意思の確認において特に問題を認めなかった。

    →本件秘密遺言証書の作成当時、竹子が本件遺言の内容とその効果を弁識する能力まで欠く状態にあったとは認めるに足りない

    (2)公序良俗違反

    以上のとおり、本件遺言の際、竹子の遺言能力が欠如していたとまでは認められないが、以下の事情によれば、本件遺言は公序良俗に反し、無効というべきである。

    ア 竹子の判断能力の減退
    竹子は、本件遺言についての遺言能力がなかったとまでは認めるに足りないとはいえ、本件遺言書作成当時既に87歳という高齢で、ひどい物忘れや、短期記憶力の低下等アルツハイマー病の初期症状が始まっており、89歳となった本件秘密遺言証書の作成時にはさらにその症状が進行・悪化していた。

    イ 本件遺言書作成における不適切な関与
    控訴人は、上記のような状態であった竹子に対し、遺言書作成に関する相談を受けた平成15年2月から本件遺言書を作成した同年12月までに十数回の面談に応じ、竹子が気にかけていた納骨先についても交渉を引き受け、竹子から高い信頼を得るようになったこと、その結果、竹子は、当初は訴外会社の後継者を定め、多数の世話になった知人に遺産を配分することを目的として公正証書の作成を依頼していたのに、数か月後には、控訴人1人に遺贈をし、訴外会社のことを含め、将来のことはすべて控訴人が決めてくれればよいなどと述べるようになった。
    本件遺言書作成に至るまでの控訴人の行動は、竹子の判断能力や思考力、体力の衰えや同人の孤独感などを利用して、依頼者の真意の確認よりも自己の利益を優先し、弁護士としてなすべき適切な説明や助言・指導などの措置をとらず、かえって誘導ともいえる積極的な行為に及んだといえるもので、著しく社会正義に反する。

    ウ 本件秘密遺言証書の作成における不適切な関与
    控訴人は、本件遺言書は、とりあえず不測の事態に備え、暫定的に控訴人に遺贈するため作成したものであるとも主張するが、竹子の希望する遺贈先は平成17年5月には最終案が固まっていたと認められるから、遅くともこの時点では本件遺言書を書き直すようアドバイスをするべきであった。
    しかし、控訴人は、このようなアドバイスをすることなく暫定的に作成したとする本件遺言書をそのままにしていたばかりか、かえって、竹子のアルツハイマー病がさらに進行した段階で、本件遺言書をそのまま秘密証書とする本件秘密遺言証書の作成を主導し、その効果をより確定的なものとした。これは、控訴人が自己の利益を確実にするため行ったものと解するほかなく、合理的な理由に基づくものとはみることができない。

     

    エ 不当な利益
    前認定のとおり控訴人の不適切な関与により作成された本件遺言により、控訴人が竹子から遺贈を受けた金額は5億円以上にのぼる。これは、控訴人と竹子との関係が単なる依頼者と弁護士の関係にすぎず、しかも遺言書作成の相談ないし受任から本件遺言書の作成までの期間はわずか9か月間、本件秘密遺言証書の作成までの期間は3年未満であること、その間に控訴人が行ったのは前認定のような遺言書作成についてのアドバイスや寺への納骨の承諾の取り付け程度であり、明らかに合理性を欠く不当な利益を得るものというほかない。

     

    オ 以上を総合すれば、控訴人の行為は、弁護士が社会正義の実現を使命とし、誠実義務及び高い品性の保持が強く求められている(弁護士法1条、2条)にもかかわらず、高齢及びアルツハイマー病のため判断能力が低下するなどしていた竹子の信頼を利用して、合理性を欠く不当な利益を得るという私益を図ったというほかないのであるから、全体として公序良俗違反として民法90条により無効といわざるを得ない。
    したがって、本件遺言は、自筆証書遺言としても、秘密証書遺言としても無効なものというべきである。

  • 3 コメント

    地裁判決では、平成15年12月作成の自筆証書遺言、平成17年10月作成の秘密証書遺言のいずれについても、遺言能力がないという理由で、遺言を無効としました。

    一方、本判決は、2つの遺言いずれについても、遺言能力を認めたうえで、公序良俗違反として、遺言を無効としました。

    平成17年10月作成の秘密証書遺言については、アルツハイマー病が進んでいた当時の竹子の状況からして、遺言能力があったかどうかは地裁判決、高裁判決のいずれの解釈もありうるところだと思います。

    一方、平成15年12月作成の自筆証書遺言については、地裁判決では、初期認知症であることは認めつつも、数億円の財産を無償で他人に移転させるという遺言結果が重大であることから、遺言能力として、ある程度高度の精神能力を要するとして、遺言能力を否定しました。このような地裁判決の論理構成は、遺言能力(意思能力)の相対性を背景にするものであり、ありうるものだとは思われますが、高裁判決では、病状の程度等を勘案して、このような論理構成はとらず、遺言能力を認めました。

    高裁判決で特徴的なのは、遺言能力は認めつつも、公序良俗違反とした点です。
    本件では、遺言能力はあるものの、認知能力が低下していた竹子を誘導して、弁護士が自己の利益を図ったものとして、公序良俗違反とされました。そして、公序良俗違反の理由のひとつとして、弁護士が社会正義の実現を使命とし、誠実義務及び高い品性の保持が強く求められていることがあげられています(弁護士法1条、2条)。

    本件と似た事案として想定されうるものとして、高齢者に職業的に関与する者(看護者、介護者などが考えられますが、これらに限りません)が自己を受遺者として遺言を作成することがありえます。

    このような場合で、かつ、本件のように、認知能力が低下していた遺言者が職業的に関与する者を受遺者として遺言を作成した場合に、どこまでが公序良俗に反するといえるのか、弁護士だけが特別許されないのかどうなのかは、議論のあるところだと思います。

    なお、弁護士としては、遺言の有効性は別にしても、本件のように不適切な利益を受けるような行為は、当然慎むべきものです。