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弁護士
下田 俊夫
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現在の自動車保険契約には、通常、人身傷害保険が付帯されています。人身傷害保険は、自動車事故で自分や同乗者がケガをしたり死亡した場合に、過失割合に関わらず、治療費、休業損害、精神的損害(慰謝料)などの実際の損害額を補償する自動車保険の特約です。
人身傷害保険の被保険者が死亡した場合にその保険金請求権が誰に帰属するかについて、最高裁判所が初めての判断を示しましたので、紹介します。
Aは、令和2年1月、自動車で自損事故を起こして死亡しました。加入していた自動車保険契約の人身傷害保険の死亡保険金の支払対象となりましたが、Aの子らはいずれも相続放棄をしました。そのためAの母Bが相続人として、保険金3000万円の支払を求めて保険会社を相手に提訴しました。訴訟係属中にBが死亡したため、Bの子でありAの兄である2人が訴訟を承継して、それぞれ1500万円を請求しました。
この訴訟では、人身傷害保険の被保険者が人身傷害事故により死亡した場合の保険金請求権が誰に帰属するかが争われました。保険契約には、保険金請求権者について、人身傷害事故によって損害を被った「被保険者。ただし、被保険者が死亡した場合はその法定相続人とする。」との定め(本件条項1)がありました。B(と訴訟承継したAの兄ら)は、被保険者(A)に帰属し、その相続人(B)が承継取得したと主張しました。他方、保険会社側は、被保険者(A)の法定相続人がその順序により固有の権利として原始的に取得した(第一順位である、相続放棄をしたAの子らが原始取得した)と主張して、Aの兄らの請求を争いました。
一審、二審ともにAの兄らの請求を認めたため、保険会社側が最高裁判所に上告受理の申し立てを行いました。
最高裁判所は、次のように判示し、保険会社側の上告を棄却し、Aの兄らに各自1120万円余の支払を命ずる判決が確定しました。
「本件人身傷害条項によれば、人身傷害保険金は人身傷害事故により生ずる損害に対して支払われるものとされ、本件条項1の柱書きは、保険金請求権者を「人身傷害事故により損害を被った」者とする旨を定めている。また、本件人身傷害条項では、人身傷害保険金を支払うべき損害の額について、損害項目に応じて、これを実費、あるいは、損害の程度等を踏まえた特定の方法により算定される額としており、人身傷害保険金の額は、人身傷害事故により生ずる具体的な損害額に即して定まるものとされている。そして、損害を填補する性質の金員の支払等がされた場合は、当該金員の額を控除するなどして人身傷害保険金を支払うものとされている。これらの点からすれば、本件人身傷害条項において、人身傷害保険金は、人身傷害事故により損害を被った者に対し、その損害を填補することを目的として支払われるものとされているとみることができる。
そして、本件人身傷害条項では、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合においても、精神的損害につき被保険者「本人」等が受けた精神的苦痛による損害とする旨の文言があり、逸失利益につき被保険者自身に生ずるものであることを前提とした算定方法が定められていることからすれば、死亡保険金により填補されるべき損害が、被保険者自身に生ずるものであることが前提にされているといえる。
以上のような本件条項1の文言、本件人身傷害条項の他の条項の文言や構造等に加え、保険契約者の通常の理解を踏まえると、本件条項1は、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合を含め、被保険者に生じた損害を填補するための人身傷害保険金の請求権が、被保険者自身に発生する旨を定めているものと解すべきである。本件条項1のただし書は、死亡保険金の請求権について、被保険者の相続財産に属することを前提として、通常は法定相続人が相続によりこれを取得することになる旨を注意的に規定したものにすぎないというべきである。
したがって、死亡保険金の請求権は、被保険者の相続財産に属するものと解するのが相当である。」
生命保険の死亡保険金は、被相続人が保険契約者兼被保険者で、特定の相続人を保険金受取人と指定した場合、指定された相続人は固有の権利として保険金請求権を取得するため、被相続人の遺産とならないとされています(最三小判昭40.2.2民集19.1.1)。そのため、保険金受取人に指定された相続人は、被相続人に多額の借金があるとして相続放棄をしたとしても、死亡保険金を受け取ることができます。
これに対し、自動車保険契約の人身傷害保険の死亡保険金は、今回の最高裁判決が被相続人の相続財産であるとの判断を示したことから、相続放棄をすると受け取ることができなくなる(人身傷害保険の死亡保険金を受け取ると、単純承認となって相続放棄をすることができなくなる。)ため、注意が必要です。