共同相続人の一人が生命保険契約に基づき保険金受取人として受領した被相続人の死亡保険金について、民法903条の類推適用による特別受益に準じた持ち戻しを否定した事例 (東京高等裁判所令和6年8月29日決定)

弁護士

下田 俊夫

  • 1 はじめに

     死亡保険金が特別受益に該当するか否かについて、最高裁判所は、原則として特別受益とはみなさないとするものの、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、例外的に、持戻しの対象となるとしています(相続判例紹介「生命保険金が相続財産とみなされる場合があるか【最決平成16年10月29日】」参照)。
     死亡保険金が特別受益に該当するかに関して、一審の家庭裁判所は肯定したものの、抗告審の高等裁判所が否定した事案について、紹介します。

  • 2 事案の概要

     被相続人(長女Xと長男Yの母)は、平成4年4月頃、生命保険(終身保険)に加入し、平成18年3月31日までに、総額約192万円の保険料を支払いました。保険金受取人は、保険契約当初は長女Xと長男Yの2名でしたが、平成30年頃、X1人に変更する手続きがなされました。
     Xは夫と結婚して3人の子をもうけて家庭を築いていましたが、Yは大学卒業後就職したものの退職し、両親とともに実家(被相続人の夫の死亡後に被相続人が実家を売却してマンションを購入した後は同マンション)で生活していました。
     被相続人は令和元年に死亡し、その後、Xは死亡保険金として約531万円を受領しました。
     遺産分割の調停の申し立てがなされた後、XとYはマンションを共同で売却し(Yはマンションから退去)、売却代金2000万円を1000万円ずつ取得しました。
     被相続人の遺産(未分割の財産)は現金約363万円であったところ、YはXが受領した死亡保険金が特別受益に該当し、持戻すべきであると主張しました。

  • 3 裁判所の判断

    ⑴ 一審の家庭裁判所の判断
      一審の横浜家庭裁判所川崎支部は、現金約363万円が遺産分割の対象となる遺産とし、Xが受
     領した保険金額は約531万円で、遺産総額より多いうえ(遺産総額に対する比率は約146%)、
     Yは、被相続人の生前から同人とマンションに居住していたところ、遺産分割のためにマンショ
     ンを退去し、売却することを余儀なくされたなどの事情を考慮して、保険金受取によってXとY
     に是認し難い不公平が生じているとして、民法903条を類推適用し、Xが受領した保険金を特別
     受益に準じて遺産に持ち戻すのが相当であるとしました。もっとも、特別受益に準じて持ち戻す
     のは、保険金額の約531万円ではなく、被相続人が支払った保険料総額192万円としました。
      そして、遺産である現金約363万円はXに単独取得させ、Xに対し、代償金として約277万円
     をYに支払うよう命じました(代償金の額=(約363万円+192万円)÷2)。
    ⑵ 抗告審の高等裁判所の判断
      Xが一審の判断を不服として即時抗告を申し立てたところ、東京高等裁判所は、遺産の総額は
     現金約363万円と売却したマンションの評価額2000万円の合計約2363万円であるとし、Xが受
     領した保険金額の遺産総額に対する比率は約22.5%であること、Yは両親から実家やマンション
     に無償で居住する利益を付与されていたこと、本件マンションの売却代金をXとYは1000万円ず
     つ取得したことなどを考慮し、Yがマンションから退去し転居費用の負担が生じたとしても、X
     が死亡保険金を取得したことによって、XとYとの間に、民法903条の趣旨に照らして到底是認
     することができないほどに著しい不公平が生じたとまではいえないとして、特別受益に準じた持
     戻しを否定しました。
      そして、遺産である現金約363万円はXに単独取得させ、Xに対し、代償金として約181万円
     をYに支払うよう命じました(代償金の額=約363万円÷2)。

  • 4 コメント

     本件では、遺産分割の調停の申し立て後に、被相続人の遺産であったマンションを売却しているところ、その売却代金を遺産の範囲に含めるか否かで遺産の総額及び遺産総額に占める保険金額の割合が変わるというものでした。
     抗告審である高等裁判所は、売却したマンションの居住状況、マンションの売却金額及び配分金額、保険金の額等の事情を総合考慮したうえで、特別受益に準じた持戻しを否定しており、単に遺産分割の対象となる遺産(遺産分割時に現に存する遺産)の総額と保険金の額の割合だけで特別受益性を判断していないケースとして、参考となります。