遺産に属する建物への配偶者居住権の取得が認められた事例【福岡家庭裁判所令和5年6月14日審判】

弁護士

前田光貴

  • 第1 はじめに

     本審判は、被相続人の養子を申立人とし、被相続人の配偶者と実子を相手方とする遺産分割の事件において、配偶者が、遺産に属する建物への配偶者居住権の取得を求めた事案です。
     家庭裁判所が、民法1029条2号に基づき、配偶者が配偶者居住権を取得する旨を定めた公表事例として、実務上参考になりますので、ご紹介いたします。

  • 第2 事案の概要

    ①被相続人Aは、令和2年に死亡し、相続が開始した。
    ②相続人は、妻である相手方B、被相続人と相手方Bとの間の子である相手方C、相手方Bの子
     で、被相続人の養子である申立人及び排除前相手方であったところ、排除前相手方が自己の相
     続分を申立人に譲渡して本件手続から排除されたことにより、本件遺産分割の当事者は、申立
     人及び相手方らの3名である。
    ③相続分は、相手方Bが2分の1、申立人が6分の2、相手方Cが6分の1である。
    ④Aの遺産としては、本件土地、本件建物2及び同3の建物(以下、本件建物2と併せて「本件各
     建物」といい、本件土地と本件各建物を併せて「本件不動産」という。)、本件預金、本件現金
    (相手方Bが、本件預金を引き出し、葬儀費用や相続財産の管理費用等として費消したものの残額
     であり、相手方Bが保管)があり、本件不動産の評価額については、当事者間の合意がある。
    ⑤当事者全員は、本件における配偶者居住権の評価について、簡易な評価方法により、188万6
     241円とすることを合意した。
    ⑥相手方Bは、本件不動産において、被相続人の生前、被相続人と同居していたものであり、現在
     も本件不動産に単身で居住している。

  • 第3 裁判所の判断

     相手方Bは、被相続人の配偶者であり、相続開始の時に本件不動産に居住していたところ、本件各建物について配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出ており、相手方Cは、配偶者居住権が設定された本件各建物の取得を了解している。そうすると、相手方Cの受ける不利益の程度を考慮してもなお、配偶者である相手方Bの生活を維持するために特に必要があると認められる。したがって、相手方Bに本件各建物につき存続期間を同人の終身の間とする配偶者居住権を取得させ、相手方Cに本件不動産の所有権を取得させるのが相当である。

  • 第4 コメント

    1 裁判所による配偶者居住権の設定
      配偶者居住権は、被相続人の配偶者に対して、 同人が被相続人の財産に属した建物に、相続開
     始時に居住していた場合に成立します。そして、配偶者居住権取得が認められるのは、まず、配
     偶者居住権が遺贈(又は死因贈与)の目的とされたと き(1028条1項2号、544条)、すなわ
     ち、被相続人の意思によるときです。それがなければ、遺産分割の協議・調停・審判において、
     遺産の分割の方法の1つとして、相続人である配偶者に配偶者居住権を取得させる方法が検討さ
     れます。
      本件では、「居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持す
     るために特に必要がある」として、配偶者居住権の設定が認められました。
    2 配偶者居住権の評価
      配偶者居住権の評価においては、①還元方式、②簡易な評価方法があげれます。
    (1)還元方式
       配偶者居住権の経済的利益(無償で居住することができること)に着目する方法であり、配偶
      者居住権の存続期間中に配偶者が享受する経済的利益の現在価値の総和を求めるものです。
      (計算式)
      配偶者居住権の価格
      =(正常賃料相当額―必要費)×年金現価率(期間・利率)
    (2)簡易な評価方法
       居住建物及びその敷地の価額から配偶者居住権の負担付きの各所有権の価額を引いた額とす
      る方法です。
      (計算式)
      配偶者居住権の価額
      =建物敷地の現在価額(※1)―配偶者居住権付所有権の価額(負担付建物所有権(※2)
     (後記ア)+負担付土地所有権等(※3)(後記イ))

      ※1「建物敷地の現在価額」
      配偶者居住権の負担がない居住建物とその敷地である土地又は敷地利用権
      ※2「負担付建物所有権」
      配偶者居住権の負担が付いた建物所有権
      ※3「負担付土地所有権等」
      配偶者居住権の負担が付いた土地所有権又は敷地利用権

      ア 負担付建物所有権の価額の算出方法(建物自体の価額)
        負担付建物所有権の価額=
       固定資産税評価額×
         法定耐用年数―(経過年数+存続年数) 
         法定耐用年数―経過年数
       ×ライプニッツ係数
      イ 負担付土地所有権等の価額(敷地所有権・利用権の価額)
        負担付土地所有権等の価額
        =敷地の固定資産税評価額又は時価×ライプニッツ係数
    (3)本審判における評価方法
       本審判では、遺産分割の当事者間での合意に基づき、簡易な評価方法が用いられ次の
      計算となりました。
      ア 本件土地及び本件建物2の合計現在価額
        356万4660円
      イ 負担付本件各建物所有権の価額
        0円(法定耐用年数超過により)
      ウ 負担付本件土地所有権の価額
        167万8419円(1円未満切捨て)
        ≒(本件土地の現在価額)225万5940円×(83歳女性の簡易生命表上の平均
        余命10年を存続期間とするライプニッツ係数)0.744
      エ 配偶者居住権の価額
        188万6241円
        =356万4660円(ア)-(0円(イ)+167万8419円)(ウ))
                                            以上