アルツハイマー型認知症に罹患していた高齢者の妻が、夫の相続に係る自己の相続分を長女に無償で譲渡した契約が、意思能力の欠如により無効であるとされた事例【仙台高等裁判所令和3年1月27日判決】

弁護士

前田光貴

  • 第1 はじめに

     本判決は、近時問題となることが多いアルツハイマー型認知症に罹患した高齢者の意思能力を否定した一事例です。
     契約締結時のやり取りに関する直接証拠が利益を受ける一方当事者の供述のみである事案において、そうした利益状況や背景的な事実関係に加えて、診療録等の記載及びそれに基づく専門医の意見等を踏まえて、同供述の信用性を否定しているという事実認定の手法は、実務上大いに参考になりますので、ご紹介いたします。

  • 第2 事案の概要

    1 はじめに
     本件は、A及びその夫Bの子であるXらが、Bの相続に係るAの相続分を無償で譲り受ける契約(以下「本件契約」という。)をAとの間で締結した長女Y1に対し、A死亡後、同契約はAが意思能力を欠いたことにより無効であると主張した事案です。

    2 事案について
     ① Bは、平成22年9月4日に死亡した。
     ② Bの相続人は、Bの妻であるAのほか、BとAとの間の子である、原告X1、原告X2、被告Y1、被告Y2、Bの子であり平  成21年2月12日に死亡したCの子である(AとBの孫である)被告Y3及び被告Y4の計7名である。
     ③ Y1は、平成23年2月8日、福島家庭裁判所に遺産分割調停の申し立てをした。
     ④ 平成23年2月28日、遺産分割調停のY1の代理人弁護士2名が、A及びY1の自宅に訪問した。
     ⑤ 同日、Aと被告Y1は、Aが被告Y1にBの相続に係る相続分を全部譲渡する旨が記載された相続分譲渡証書と題する書面を作成した。
     ⑥ Aは、大正2年日に生まれ、相続分譲渡証書作成時点で97歳で、アルツハイマー型認知症を患っていた。
     ⑦ Aは、平成27年7月19日に死亡した。

  • 第3 裁判所の判断

    1 結論
     本件契約当時のAにBの相続に係る自己の相続分をY1に無償譲渡するという意思表示のために必要とされる意思能力がなかったことは明らかであるとしました。

    2 判決の理由
     本判決は、①AがBの通夜・葬儀等という強い精神的衝撃を受けるはずの出来事に立ち会っている際にすら、Bの死に対する自然な理解がすっかり失われていると専門医から指摘されるような態度を示していたこと、②本件契約はAの有する高額の相続分をY1が無償で譲り受けるという一方的なAの損失とY1の利得が生ずるもので、その締結はY1の強い働き掛けに基づくものである等を理由として、本件契約当時のAにBの相続に係る自己の相続分をY1に無償譲渡するという意思表示のために必要とされる意思能力がなかったことは明らかであるとしました。

  • 第4 コメント

     本判決は、契約締結時のやり取りに関する直接証拠が利益を受ける一方当事者の供述のみである事案において、弁護士がAに判断能力ありとしている以上、本件契約の有効性に関する証明はできているとするのではなく、そうした利益状況や背景的な事実関係に加えて、診療録等の記載及びそれに基づく専門医の意見等を踏まえて、同供述の信用性を否定していることは、被相続人の真意を図る観点からも妥当なものです。
     本件のような相続分の譲渡契約だけでなく、遺言書の作成においても、被相続人の意思能力が問題となることは多いです。
    そのため、相続問題を多く扱っている専門家に相談されることをおすすめします。