被相続人の死亡から約2年経過した相続放棄の申述が受理された事例(東京高裁令和元年11月25日決定)

弁護士

本橋 美智子

  • 1 相続放棄の熟慮期間

     民法915条1項本文は、「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。」と定めています。
     この3か月の期間を熟慮期間と呼んでいます。
     民法が熟慮期間を3か月としたのは、相続人の利益の保護と相続関係の早期安定の要請のバランスを取ったものです。

  • 2 相続人覚知時説

     この熟慮期間の起算点である「自己のために相続の開始があったことを知った時」の意味については、いくつかの説がありますが、通説、判例は、相続人覚知時説をとっています。
     相続人覚知時説とは、相続人が相続開始の事実すなわち被相続人の死亡の事実を知っただけでなく、それによって自己が相続人となったことを覚知した時を熟慮期間の起算点とするものです。

  • 3 最高裁昭和59年4月27日判決

     最高裁は、相続人覚知時説をとった上で、「相続人が、右各事実を知った場合であっても、右各事実を知った時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である」と判示しています。
     これは相続財産がないと信じ、かつこのように信ずるについて相当な理由がある場合には、熟慮期間は、相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時から起算するとしたものです。

  • 4 東京高裁令和元年11月25日決定(本決定)

     本決定の事案では、相続人は、被相続人の姉の子3人で、被相続人が平成29年に死亡したことを全く知りませんでした。
     相続人らは、平成31年2月下旬頃、被相続人の固定資産税に関する市役所からの文書(本件文書)を受領して、被相続人の死亡の事実と自分たちが相続人になったことを知ったのです。そして、代表者の1人が相続放棄をすれば足りると誤解して、相続人の1人だけが相続放棄をしたのです。
     その後、令和元年6月上旬に、市役所担当者から相続放棄は各人が手続きを行う必要があると説明を受けて、それから残りの相続人2人(Xら)は、令和元年6月19日と7月16日に相続放棄の申述をしたのです。
     この事案について、原審の前橋家裁太田支部は、Xらは、遅くとも本件文書を受領した平成31年2月下旬頃には、本件文書により相続財産の存在を認識していたとして、Xらの相続放棄の申述を却下しました。
     しかし、抗告審の東京高裁は、「Xらの本件各申述の時期が遅れたのは、自分たちの相続放棄の手続が既に完了したとの誤解や、被相続人の財産についての情報不足に起因しており、Xらの年齢や被相続人との従前の関係からして、やむを得ない面があったというべきであるから、このような特別の事情が認められる本件においては、民法915条1項所定の熟慮期間は、相続放棄は各自が手続を行う必要があることや滞納している固定資産税等の具体的な額についての説明をXらが市役所の職員から受けた令和元年6月上旬頃から進行を開始するものと解するのが相当である。」と判示して、Xらの相続放棄の申述を受理したのです。
     また、本決定は、「相続放棄の申述は、これが受理されても相続放棄の実体要件が具備されていることを確定させるものではない一方、これを却下した場合は、民法938条の要件を欠き、相続放棄したことがおよそ主張できなくなることに鑑みれば、家庭裁判所は、却下すべきことが明らかな場合を除き、相続放棄の申述を受理するのが相当」とも判示しています。

  • 5 相続放棄にあたって

     本決定は、昭和59年最高裁判決の考え方を更に進めて、相続放棄の申述を受理する範囲を広げたとも解釈できます。
     相続人の中には、被相続人の死亡から3か月経過すると相続放棄できないとあきらめてしまう方もいます。しかし、本決定の事案のように、被相続人が死亡してから2年以上経過しているのに、相続放棄が受理される場合もあるのです。
     ですから、事情がある場合には、あきらめて相続債権者への支払等をする前に、まず弁護士に相談することが重要です。