預金契約に譲渡禁止特約がある場合、預金債権の死因贈与を受けた受贈者は原則として預金債権を取得できないとされた事例【東京地裁令和3年8月17日判決】

弁護士

本橋 光一郎

  • 1 預金債権と譲渡禁止特約

     金融機関は、特別な場合を除き、通常すべての預金規定に譲渡禁止特約をつけています(通帳に明記してあったり、HPで掲載したりしている)。これは①譲渡意思の確認、通帳等の処理などの事務上の煩雑さを避ける等、事務の安全、確実性を確保するため、②金融機関からの相殺の可能性を確保するため等、主として金融機関側からの理由によるといわれています。
     また、預金債権の譲渡禁止特約がつけられていることは、「少なくとも銀行取引につき経験のある者にとっては周知の事項に属する」(最高裁昭48.7.19判決)として、一般人でも広く知られていることとされております。

  • 2 死因贈与契約と預金債権

     死因贈与契約を結ぶ際、預金債権を贈与の対象とすることは多くあります。ある特定の預金を相手方(受贈者)に贈与するということもありますし、全財産を相手方(受贈者)に贈与するとして、その全財産の中には預金債権が含まれていることもあります。しかし、預金債権に譲渡禁止特約が通常付されていますので、その場合、受贈者は、死因贈与により預金債権を取得できるのか、あるいは、譲渡禁止特約に違反するとして預金債権を取得することができないのかが問題となります。それらの事柄が争点となった事案についての判決が本件判決です。

  • 3 本件判決の当事者とその判決の内容

     死因贈与契約において執行者と定められた者が原告となって、銀行を被告として、死因贈与の対象となった預金債権の払戻しを求めて、訴訟を提起しました。裁判所は、大要、次のように判示して、原告(執行者)の請求を全部棄却しました。
     「預金債権を死因贈与することは債権譲渡に当たる。贈与者と被告(銀行)とは譲渡禁止特約を締結しているから、受贈者は原則として死因贈与契約によって本件預金を取得し得ない。なお、遺贈の場合には譲渡禁止特約が適用されないが、単独行為である遺贈とは異なり、死因贈与は契約であるので、譲渡禁止特約が適用される。また、被告が本件預金を原告に払戻した場合は、他の相続人から権利主張をされて、被告が相続紛争に巻き込まれる等の危険性があり、それらの危険性を回避するためにも本件特約を根拠に本件払戻請求を拒む必要性がある。
     よって、死因贈与の執行者たる原告から被告に対し預金債権の払戻しを求める本件請求は認められない」

  • 4 留意すべき事項

     死因贈与の対象財産に預金債権が含まれるときは、金融機関の対応によっては預金債権を死因贈与するという契約内容を実現できないことがあります。 金融機関と協議・調整をして、できるかぎり金融機関の了解を得るように努め るべきです。実際には執行者が専門職である弁護士である場合などに死因贈与の執行として預金債権の払い戻しをすること、あるいは(執行者からの請 求ではなく)、受贈者本人から払戻し請求をすることにつき、金融機関が応じてくれるケースもあるとのことです。また、必要に応じ、他の相続人の同意をとりつける等の措置も行なうべきです。なお、預金債権が主要な対象財産である場合には、死因贈与ではなく、できる限り遺言での対応の方がより確実となることも考えられます。