被相続人が相続人の夫の債務を肩代わり弁済していた場合に、それが相続人の特別受益となるとされた審判例【高松家裁丸亀支部審判 平成3年11月19日】

弁護士

本橋 光一郎

  • 1 はじめに

     遺産分割の際に、相続人に特別受益が認められるかどうかが争点となるケースはよくあります。相続人が被相続人から多額の金銭や不動産の贈与を受けていたときは、特別受益となることは比較的容易に認められます。
     では、相続人の配偶者の債務を被相続人が肩代わり弁済をしてくれていたときに、相続人の特別受益といえるのでしょうか。そのような事柄が争われた事件がありますので、ご紹介いたします。

  • 2 高松家裁丸亀支部 H3.11.19審判(確定)

    事案の概要

    (当事者)
     被相続人(S57死亡)の相続人としては、長女Xと長男Y1ほか(Y1、Y2、Y3)の子供ら4名となります。

    (事実関係)
     Xの夫Aが従前、勤務先で不祥事を起こし、被相続人は、Xの夫Aの身元保証をしていたので、その保証責任を問われ、被相続人自身も経済的苦境にあったが、Y1夫婦、Y2夫婦及びY3が家業に協力してくれたこともあり、S40年までにその支払(当時の支払い金額300万円)(相続時金銭評価額997万円)を終えることができた。また、Xは被相続人よりS27年結婚支度金として10万円(相続時金銭評価額50万円)の贈与を受けていた。

    (争点)
     上記の相続人Xの配偶者であるAの債務を被相続人が肩代わり弁済したことが、相続人Xの特別受益となるかが争点となった。

    (裁判所の判断)
     被相続人はXの夫の債務について身元保証人として遅くもS40年までに金300万円(相続時金銭評価額997万円)を支払い、Xの夫に対して右支払金額(の求償債権)について請求をしなかったのは、Xの家族の幸せのためにその支払を免除したものと解される。Xの夫に対する求償債権の免除は、Xに対する「相続分の前渡し」としての「生計の資本としての贈与」と解するのが相当である。又、被相続人からXに対しS27年に結婚仕度金として10万円(相続時金銭評価額50万円)を贈与したのもXの特別受益となる。
     裁判所は、これらのXの特別受益が認められるとしたうえで、本件の遺産分割についての審判を下しました。

  • 3 当方のコメント・解説

    (1) 特別受益と「相続人の配偶者」

     「特別受益」で、通常一番問題となるのは「贈与」がなされた場合であり、それも相続人に対する贈与がなされたとして、それが特別受益となるのかが問題となるのが、一般の事柄です。被相続人から相続人の配偶者への贈与がなされたとしても、それが全体の相続財産に占める割合がさほど大きな割合でもなく、又、贈与について相応の事情がある場合(たとえば、長男の嫁が被相続人の療養介護に長年尽力してくれたことへの被相続人から労わり・御礼の意味で相当の金銭贈与がなされたとき等)には、(相続人以外の)第三者への贈与の扱いとして、相続人(上記の例では長男)の特別受益としては扱われないことが通例といってよいでしょう。
     そういう意味では、本件について、被相続人による相続人の夫の債務についての肩代わり弁済が、結果として相続人の特別受益となることを認めたのは、異例のことといえます。

    (2)「債務の肩代わり弁済」と特別受益

     被相続人は、自らが身元保証人となっていたため、保証債務の履行として、弁済をしたのであって、厳密にいえば、(主)債務者に対してなされた金銭贈与とは異なるものです。又、(保証債務を履行したことにより(主)債務者に対して有する)求償債権を行使しなかったとしても、厳密にいえば、(主)債務者に対して、金銭を贈与したものとは言えないものです。
     しかし、民法903条1項は、「特別受益」の制度を定めたものと言われており、それは、「共同相続人の中の1人または数人が被相続人から遺贈または生前贈与などで特別の利益を受けている場合に、これらの特別受益者は本条によってそれらの受益額が特別受益者の相続分算定において斟酌されて、相続分に充当され、また、相続分を超える場合には受益額の限度内に自己の相続分を限縮せしめるのが本条によって規定された制度である」とされています。そうだとしますと、遺贈又は贈与というのは特別の利益を受けた場合の典型例を示しているにすぎず、必ずしも遺贈又は贈与にはあたらなくても、相続人の1人が被相続人から特別の利益を受けたといえる場合は、その制度の対象となり得るものと考えられます。

    (3)その他留意すべき点

    ① 上記の高松家裁丸亀支部審判は、遺言のない場合の相続のケースについてのものであり、特別受益は、まず第一には、遺言のない場合の相続において、遺産分割の際に考慮されるべききわめて大事な要素(ファクター)となります。
    ② また、特別受益は、遺言があった場合の遺留分制度において遺留分の対象となる財産範囲を画定することについても、大きな意味をもちます。すなわち、被相続人が死亡したときの遺産のほか、特別受益も加えたうえで遺留分が算定されるのが原則となっていますので、留意するべきです。
    ③ なお、本件審判において、S32年~S40年になされた肩代わり弁済額が300万円であるのに、特別受益の算定額として相続開始時(S57年)評価額997万円として取り扱われています。これは、弁済時と相続時の貨幣価値の差を消費者物価指数により評価し直したことによるものです。これについては、最高裁S51.3.18判決(民集30-2-11)という重要判例があり、金銭による特別受益がなされた際に「その贈与財産が金銭であるときは、その贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額をもって評価すべきものと解するのが相当である」との判示がなされており、本件の審判も上記最高裁判決の考え方に従ったものといえます。贈与あるいは贈与に準じた利益供与の行為の時と相続開始時との間に長い間隔(タイムラグ)があるような場合は、考慮を要する事柄となりますので、この点も留意するべきです。