契印として押印がなされていれば自筆証書遺言が有効とされた裁判例【東京地判平成28年3月25日】

弁護士

本橋 光一郎

  • 1 はじめに

    自筆証書による遺言の場合は、全文・日付・氏名を自署し、これに押印することが必要とされています(民法968条1項)。

    その押印については、押印の方法(三文判でも良いか、拇印でいいか、花押はどうか等)、押印の場所(氏名の下によらなければいけないか等)などが問題となり得ます。

    そして、遺言書の文面上には、遺言者の署名があるだけで、その署名の下には押印がされていなかったが、書面の1枚目と2枚目にまたがって、遺言者の契印がなされた場合に、自筆証書遺言が有効かどうかが争われた事件がありますので紹介いたします。

  • 2 東京地裁H28.3.25判決(控訴後、控訴取下げにて確定)

    (1) 事案の概要

    (当事者と遺言の内容)
    遺言者A(被相続人・H25.8死亡)の相続人としては、長男Y1と長女Y2の2名がいます。
    Aの遺言書には、Y1の遺留分を侵害してY2の子(Aの孫)であるXに対して不動産を遺贈するということが書かれていました。

    (請求)
    Y1は、Aの遺言の効力を争いましたので、XからY1及びY2に対し、自筆証書遺言有効確認請求訴訟を提起しました。

    (事実関係)
    遺言書の状況
    A署名下に押印がない。
    Aの自筆であることは争いがない。
    1枚目と2枚目はステープラー(ホチキス)で留められて、1か所に契印が押されている。
    (検認手続の際には)無地の封筒に封入され、裏側の綴じ口には、封印が押され、「〆」の字による封書がされていたが、綴じ口は封緘されていない状態であった。

    (2) 訴訟におけるX、Y1の主張

    [Xの主張]
    (ア) 押印の位置は、必ずしも署名下であることを要しない。
    (イ) 本件では、署名下にはないものの、1枚目と2枚目にAの実印にて契印され、その綴じ口にもAの実印にて封印されている。
    (ウ) 裁判所としても、自筆証書遺言の有効性で重要な要件は署名であって、押印には重きを置いていない。
    (エ) Y2が居宅仏壇の脇に置かれていた箱の中から発見した。 Aがほかに作成した遺言書の内容とも整合している。Aの真意に基づくものであることは明らかである。

    [Y1の主張]
    (ア) 署名下に押印がないため、自筆証書遺言としての要件を欠き、無効である。
    (イ) 封筒は、検認手続の時点において封緘されておらず、本件遺言書との一体性を欠くものである。封印については、押印も不明瞭、A自身が押捺したかも不明。
    (ウ) 本件契印も不明瞭であって、印影が判然としない。 A自身が押捺したかも不明である。
    (エ) Aの感情に即しているとのXの主張は争う。 Xが背景として述べている主張も事実に反している。

    (3) 裁判所の判断

    ①契印について
    拡大コピーによれば、契印がAの実印の印影と同一と認める。本件契印は、Aが遺言書を自筆し終えた段階で、自ら押捺したものと認める。

    ②封印について
    拡大コピーに照らしても不鮮明であって、Aの実印によるものとみて矛盾は認められないものの、Aの実印によるものと認定することはできない。
    封緘されていなかったことを踏まえると、遺言書と一体のものであるとは認められない。

    ③判断
    我が国一般の習慣に照らすと、複数枚の文書作成の際に、必ず契印が押捺されるものとは認められない。
    契印は、契約書や遺言書などの重要な書類を作成する場合に行われる。
    その(書類の)一体性を確保し、後日の差し替え等を防止するためにあえて行われるものと認められる。
    そうすると本件において遺言者Aは、重要性を認識したうえで、あえて契印したものと考えられるから、これによりAが本件遺言書を完成させたという事実を十分に示しているということができる。
    民法所定の自筆証書遺言の方式を充足していると認められるから、本件の自筆証書遺言は有効である。

  • 3 これまでの裁判例

    (基本判例)

    最判元.2.16
    民法968条1項が自筆証書遺言の方式として自筆のほかに署名押印を要するとした趣旨について、「遺言全文の自書と相まって遺言書の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名しその下に押印することで文書の作成を完成させるという、我が国の慣行ないし法意識に照らして、文書の完成を担保するところにある」とする。

    (肯定例)

    ① 最判H6.6.24
    遺言書本文に遺言者の押印を欠いても、封筒の綴じ目にされた押印を もって、民法所定の押印要件に欠けるところはない(封緘されていたケース)。

    ② 最判S49.12.24
    サインの習慣だけしかもたない帰化した人が押印のない英文の自筆証書遺言をした場合、押印がなくとも有効とみられる特別の事情があるとして、有効な自筆証書遺言と認められた事例。
    ロシア生まれのスラブ人で欧文のサインがなされていて、押印はなかったケースである。

    ③ 最(一小)判H元.2.16
    自筆証書遺言における押印は指印をもって足りる。
    通常文書作成者の指印があれば印章による押印があるのと同等の意義を認めているという我が国の慣行ないし法意識に照らすと、文書の完成を担保する機能において欠けるところがない。
    自筆証書遺言に押印すべき印章には何らの制限もないのであるから、印影の対照のみによっては、本人の押印であることを確認しえない場合があるのであり、印影の対照以外の方法によって本人の押印であることを立証しうる場合は少なくない。

    ④ 最(三小)判H元.6.20
    自筆証書遺言における押印は指印をもって足りる。

    ⑤ 最(二小)判H元.6.23
    自筆証書遺言における押印は指印をもって足りる(なお、裁判官5名中2名の、指印ではだめで、押印が必要であるとの反対意見が付されていた)。

    ⑥ 最判S36.6.22
    横にのりづけされた2葉の遺言書の1葉にのみ日付・氏名の自書・押印があるときでも、当初から1通の遺言書として作成されたことが判明すれば有効な遺言書である。
    …病中に障子紙を糊付したうえで、病苦にあえぎながら中途で幾度か休息をとりながら書き認めたものであるとの事実認定がさなれていた(二審)ケースである。

    ⑦ 最判S37.5.29
    遺言書が数葉にわたる場合、その間に契印、編綴がなくても、それが1通の遺言書であることを確認できる限り、右遺言書による遺言は有効である。
    本件遺言書は2葉にわたり、その間に契印がなくまた綴じ合わされていないが、その第2葉は第1葉において譲渡するものとされた物件を記載され、右両者は紙質を同じくし、いずれも遺言書の押印と同一の印で封印された遺言書の署名ある封筒に収められたものであって、その内容、外形の両面からみて1通の遺言書であると明認できるから、右遺言は有効である旨判断したものであって、右は正当である。

    ⑧ 京都地判H16.8.9
    遺言書が数葉にわたる場合であっても、その数葉が1通の遺言書といて作成されているときは、そのうちの1葉に日付、署名、押印がなされていれば足りるとされた事例。
    …1枚目には、「3枚の1」2枚目には「3枚の2」と記載がなされていた。
    2枚目に亡Aの署名と押印があり、3枚目には「3枚の3」の記載は なかったが、3枚がホチキスで綴じられていたもので、全体の体裁及び内容等により、3枚で1通の遺言書として、方式違背があるとはいえないと判示した。

    (否定例)

    ① 最(2小)判H28.6.3
    我が国において、印章による押印に代えて花押を書くことによって文章を完成させるという慣行ないし法意識が存するものとは認め難い。
    なお、この件において一審、二審は、花押による自筆証書遺言を有効と判断していた。

    ② 東京地判H12.9.19
    遺言者の押印を欠く自筆証書は、遺言者の押印と同視し得るものがあるなど特段の事情のない限り無効である。
    なお、学説の立法論としては、自筆証書遺言に押印を要しないとするべきであるとの考え方も有力である。

    ③ 東京高判H18.10.25
    遺言内容の記載された書面には遺言者の署名押印を欠き、検認時に既に開封されていた封筒には遺言者の署名押印がある場合の遺言が、自筆証書遺言として無効とされた事例

  • 4 コメント

    本件は、遺言書における遺言者の署名の下には押印はなかったが、1枚目と2枚目にまたがって遺言者の契印が押印されたケースで、自筆証書遺言として有効とされた事例であって、その判断は妥当であると考えます。

    下級審の判決ではありますが、最高裁判例及び従前の高裁判決とも矛盾はなく、事例判決として先例の意味があります。

    なお、遺言者本人の自筆であることは争いがなかったこと、押印されていた印鑑は、実印であったこと、封筒に入っていて封緘はされていなかったが、実印とみられても矛盾のない印鑑で封印がされていたこと等も、実際上、判決における総合判断に影響を与えていたものと考えられます。

    上記のとおり、自筆証書遺言の場合には、遺言作成の方式に関連して押印がされていたといえるのか等が、遺言書が有効か、無効かの争点となることがあり得ます。

    公正証書であれば、このような問題は生じません。

    これから遺言書を作成するのであれば、公正証書遺言の方が、より確実性が高いので、お薦めいたします。