真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、相続開始後に相続財産である不動産の占有を継続するなどした表見相続人による取得時効が認められた事例(最高裁R6.3.19判決)

弁護士

本橋 光一郎

  • 1 はじめに

     本件は、遺産である不動産について表見相続人による取得時効が認められた珍しいケースであります。真正相続人は、相続回復請求権に基づく主張をしており、相続財産の時効取得と相続回復請求権との関係等の重要な論点が含まれる興味ある事案についてなされた最新の重要な最高裁判決ですので、ご紹介いたします。なお、本件事案については、他の論点もありますが、ここでは、冒頭のテーマに絞って述べます。

  • 2 事案の概要

     被相続人AはH16.2に死亡しました。XはAの養子で、Aの唯一の法定相続人でした。Xは相続財産である本件不動産について、相続登記も経由し、占有も継続していました。
     ところが、A死亡後14年以上経過したH30.8、Aの自筆証書遺言(H13.4作成)の保管者であるY1(Aの甥)からの申立により、検認が行われました。その遺言には、Aの財産は、X、Y1、Bの3名に各3分の1宛分与する旨の記載がなされていました。Xは、Y1、B、Y2とY3(Y2とY3は、いずれも遺言執行者として家裁にて選任された弁護士)に対し、主位的に遺言無効の確認、予備的に不動産につき持分移転登記請求権の不存在確認を請求する訴訟を提起しました。
     Xは予備的請求に関し、不動産の取得時効を主張しました。また、Y1、Bは、包括受遺者であって、相続回復請求権を有しているとして、大審院判例(大判明44.7.10、大判昭7.2.9)を援用して、相続回復請求権が消滅時効にかかるまでの間は表見相続人による取得時効は完成しないと主張しました。
     第1審東京地裁は、Xの主位的請求(遺言無効確認請求)を棄却し、Xの予備的請求については認容しました。Y1、A、Y2、Y3は、東京高裁に控訴を申立てましたが、東京高裁(原審)は、控訴を棄却しました。そこで、Y1、Y2、Y3は最高裁へ上告を申立てました。

  • 3 最高裁の判断

     「民法884条所定の相続回復請求権の消滅時効と同法162条所定の所有権の取得時効とは要件及び効果を異にする別個の制度であって、特別法と一般法の関係にあるとは解されない。また、民法その他の法令において、相続回復請求の相手方である表見相続人が、上記消滅時効が完成する前に、相続回復請求権を有する真正相続人の相続した財産の所有権を時効により取得することが妨げられる旨を定めた規定は存しない。」
     「そして、民法884条が相続回復請求権について消滅時効を定めた趣旨は、相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期かつ終局的に確定させることにある(最高裁昭和48年(オ)第854号同53年12月20日大法廷判決・民集32巻9号1674頁参照)ところ、上記表見相続人が同法162条所定の時効取得の要件を満たしたにもかかわらず、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成していないことにより、当該真正相続人の相続した財産の所有権を時効により取得することが妨げられると解することは、上記の趣旨に整合しないものというべきである。」
     「以上によれば、上記表見相続人は、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、当該真正相続人が相続した財産の所有権を時効により取得することができるものと解するのが相当である。このことは、包括受遺者が相続回復請求権を有する場合であっても異なるものではない。」
     「(Y1Y2Y3が)引用の判例のうち、各大審院判例(大審院明治44年(オ)第56号同年7月10日判決・民録17輯468頁、大審院昭和6年(オ)第2930号同7年2月9日判決・民集11巻3号192頁)は、昭和22年法律第222号による改正前の民法における家督相続制度を前提とする相続回復請求権に関するものであって、上記判断は、上記各大審院判例に抵触するものではない。」
     したがって、「原審判断は正当である」として、Y1Y2Y3の上告申立を棄却しました。

  • 4 当方のコメント

     相続人が複数存在しており、それらの共同相続人のうち1名が不動産の占有をしてきた場合には、その占有者による取得時効は、通常認められないことが多いと思われます。それは、その占有者が自ら単独の所有者としての意思で占有しているのではなく、共同相続人の1人として相続財産の管理占有をしているのみである(=自主占有とはいえず、取得時効の要件を満たしていない)からです。
     本件事案において、Xは、唯一の法定相続人(表見相続人)として本件不動産について相続による所有権移転登記手続を行い、自らが単独の所有者として占有をしてきたものです。その後A死亡から14年以上経過したH30に至りY1から自筆証書遺言の検認申立がなされ、その遺言には、全財産をX、Y1、Bの3名に各3分の1宛分与(「相続ないし遺贈」の趣旨とみられます)する旨の記載がなされていたとしても、その間のXによる占有継続の実績は保護に値するものであって、Xによる本件不動産の時効取得が認められるのは、民法162条の解釈として妥当なものと考えられます。
     本件は、上記のような特殊な事案において、表見相続人による相続不動産の時効取得が認められたというレアケースの事例といえます。
     相続回復請求権との関係について言えば、相続回復請求権が消滅時効にかかるまでの間は、表見相続人による取得時効は認められないとする大審院時代の古い判例(大判明44.7.10、大判昭7.2.9)がありますが、現時点では、それらの判例は実際的に先例的な意義を失っているとして取り扱う最高裁判所の判断は妥当なものと考えます。