封緘されていない封筒に収められていた3枚の便せんからなる自筆証書遺言について、無効であるとされた事例【東京地判令2.10.8】

弁護士

本橋 光一郎

  • 1 はじめに

     自筆証書遺言は、遺言者がその全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければなりません(民法968条1項)。また、遺言書が複数枚から構成されているときは、それらが一体のものであることが必要ですし、遺言書の作成日付については、遺言書が作成された真実の日を記載することが必要とされています。これら遺言書の一体性や遺言書作成の日付の真実性について争われた興味ある事案がありますので、紹介いたします。

  • 2 事案の概要

     被相続人Aは、平成29年9月17日に死亡しました。Aの相続人は長男Y(小児科医)と長女Xの2名でした。Aの夫B(小児科医)は、既に平成16年2月17日に死亡していました。
     亡A作成名義の平成8年10月6日付自筆遺言書(本件遺言書)が存在し、平成30年11月に家庭裁判所で検認がなされました。検認時の本件遺言書は、封緘されておらず、3枚の便箋が入っていました。1枚目には右肩に一頁との付記があり、冒頭に遺言書と記載され、続いて遺言者が次の通り遺言する旨の記載と押印がなされ、診療所の土地建物(本件不動産)をYに相続させる旨の記載がありました。なお1枚目の便箋は縦方向に切り取られて右半分のみが残存し、その右半分に上記の記載がなされていました。
     2枚目には、右肩に二頁と付記され、(横書きで表記された)銀行の債券、郵便局の定期・定額郵便貯金及び簡易保険をYに相続させる旨の記載がありました。
     3枚目には、右肩に三頁との付記があり、(横書きで表記された)銀行の定期預金及び株式をXに相続させる旨の記載があり、末尾には「平成八年十月六日遺言者A」との記載と押印がありました。
     なお、本件遺言書の作成日付とされる平成8年10月6日時点ではBが存命中で、本件不動産はBの所有であり、Aが本件不動産の所有権を取得したのは、Bが死亡した平成16年2月17日以降の遺産分割協議によるものでした。
     また、Yの検認申立書には自宅内の金庫の中から本件遺言書を発見したこと、金庫の鍵は亡Aから生前Yに預けていたことが記載されており、Yの検認時の説明では実際に本件遺言書を発見したのは、Aが死亡した日(平成29年9月17日)よりかなり時間が経過した平成30年8月15日頃であるとのことでした。
     そして、Xは、本件訴訟において、遺言書が無効であることの確認等を請求し、訴訟では、本件遺言書の有効性が争われました。

  • 3 裁判所の判断

     東京地方裁判所は、まず、自筆証書遺言の有効を主張する当事者において、①遺言書の全文を遺言者が自書したこと、②日付を遺言者が自書したこと、③氏名を遺言者が自書したこと、④遺言者による押印があることの各要件を具備することを主張立証する必要があること(民法968条第1項)、また、上記②の遺言書作成の日付は、遺言者が遺言書を作成した真実の日であることが必要であり、そのことについて遺言の有効を主張する当事者において主張立証する責任があること、さらには、複数枚の紙面が1通の一体性のある遺言書を構成しているときは、遺言書が1通の一体性のあることの主張立証責任は遺言の有効を主張する当事者(本件においてはY)が負うと解するのが相当であると判示しました。
     そして、本件では、
     ア 本件遺言書を一部物理的に切断し不揃いの紙面が混在する形式で作成するというのは極めて不自然かつ奇抜な発想であり、改めて書き直すのが遺言者の通常の対処方法と考えられるから、本件では亡A以外の第三者が何らかの意図をもって故意に切断した可能性が高いというべきであって、そのことは本件遺言書の一体性を否定する大きな要素となり得る。
     イ また、1枚目の便箋には、相続させる対象の財産として本件不動産が記載されているが、亡Aが本件不動産を取得したのは平成16年2月17日以降であり、1枚目の便箋は、平成16年2月17日以降に作成された可能性が十分あり、3枚目の末尾に記載されている作成日付である平成8年10月6日に3枚の便箋で構成される本件遺言書が作成されたとは言えず、作成日付は真実ではなく無効の記載であって、遺言書の一体性にも重大な疑問がある。
     として、結局、本件においては、Yが自筆証書遺言の有効要件を立証していないこととなるので、本件遺言書は無効であると判断したものです。

  • 4 コメント

     本判決は、特殊な事例についての判決といえますが、自筆証書遺言の場合に生じ得る自筆証書遺言の発見の遅れ、遺言書記載内容の不自然さ等について詳細に認定したうえ、自筆証書遺言の有効性につき判断しているものであり、他の事例について大いに参考となるものと言えます。