家庭裁判所はどんな場合に財産分離を命ずることができるか【最決平成29年11月28日】

弁護士

本橋 光一郎

  • 1 財産分離とは何か

    相続財産の分離とは、相続債権者・受遺者・相続人債権者らの請求により、相続財産を分離して管理し、清算する手続をいいます(民法941条以下)。これは、相続財産と相続人の固有財産との混合を防止するための制度であります。
    また、このうち、相続債権者または受遺者からの請求によって財産分離がなされる場合は、第一種財産分離といい、相続人債権者の請求によって財産分離がなされる場合は、第二種財産分離といわれます(民法950条)。
    相続財産分離は、限定承認に類似していますが、次の点で異なります。
    1つは、限定承認は相続財産についての清算であり、債務の引当てが相続人の固有財産には及ばないこととされています。しかし、相続財産分離の場合、相続財産をもって全部の弁済を受けることができなかった場合には、相続人の固有財産に対しても権利行使できることとなりますが、相続人の債権者に劣後する(民法948条)という扱いとなります。
    2つは、限定承認は、相続財産がマイナスとなり得る場合が想定されています。相続財産分離の場合は、相続人の固有財産がマイナスとなり得る場合にも、相続財産につき、清算がなされることがありますので、注意すべきです。また、財産分離の申立てがされた場合でも、相続放棄や限定承認することはできるとされています。
    さらには、相続人が相続放棄や限定承認をした場合であっても、財産分離を申立てることはできるとされています。
    実際には、相続財産分離が申立てられることは少ないとされており、相続分離についての裁判例も少ないところ、最近、注目される最高裁決定が出されましたのでご紹介いたします。

  • 2 最決平成29年11月28日

    (1) 事案の概要
    ① 大阪家裁は、H27.6、Aについて保佐開始の審判をし、C弁護士を保佐人に選任した。さらに、大阪家裁は、H28.6、Aについて後見開始審判をして、X弁護士を成年後見人に選任した。
    ② Xは、成年後見人として、Aの財産を事実上管理している(Aの子である)Yに対しAの財産の開示、引渡を求めたが、Yはこれに応じなかった。
    ③ AはH28.11死亡し、Aの相続人はAの子であるY及びBの2名であった。
    ④ Xは後見事務において立替えた費用等について、Aに対して債権を有しており、保佐人であったCも立替えた費用及び報酬につき、Aに対し債権を有している。
    ⑤ Xは、Aに対して上記④の債権を有しているとして、H28.12、大阪家裁(原々審)に財産分離の申立をして、大阪家裁(原々審)は、財産分離を命じ、職権で相続財産管理人として、Xを選任する旨の決定をした。
    ⑥ 原々審の審判に対して、Yが即時抗告の申立てをした。
    ⑦ 大阪高裁(原審)は、相続財産分離は民法941条1項の定める形式的要件を満たしていることに付加して、相続財産を相続人の固有財産と分離しないことによって、相続債権者等の債権回収に不利益を生ずる等の財産分離の必要性が認められる場合に、財産分離を命ずることができるとして、この点につき審理することなく、財産分離を命じた原々審の審判には、審理不尽の違法があるとして、原々審の審判を取消して、原々審に差戻した。
    ⑧ Xはこれに対し、抗告許可の申立てをして、原審はこの抗告許可の申立てを許可して、最高裁の判断を受けることとなった。

    (2) 最高裁(三小)の判断 
    「家庭裁判所は、相続人がその固有財産について債務超過の状態にあり、又はそのような状態に陥る恐れのあることなどから、相続財産と相続人の固有財産が混合することによって相続債権者等がその債権の全部又は一部の弁済を受けることが困難となる恐れがあると認められる場合に、民法941条1項に基づき、財産分離を命ずることができるものと解するのが相当である。
    原審の判断は、以上の趣旨をいうものとして是認できる。」
    と判示して、Xの抗告を棄却した。

  • 3 コメント

    (1) 本件は、相続債権者の申立てによる財産分離の案件であるから、財産分 離の類型としては、第一種財産分離に該当するものである。
    (2) どんな場合に家庭裁判所が第一種財産分離を命じ得るかについての学説としては、従来、次の2つの説があるとされている。

    A.絶対説
    民法941条の要件を満たす場合は、家庭裁判所は常に財産分離を命ずるべきである(すなわち、相続債権者又は受遺者は財産分離を申立てることができて、その際、家庭裁判所は常に財産分離を命ずるべきである)との見解

    B.裁量説
    民法941条の要件のほかに財産分離の必要性が認められるときに家庭裁判所は、財産分離を命ずることができるとする見解

    の2説の対立があり、かつては、絶対説が有力であったが、最近は、裁量説が多数説であるといわれている。下級審の裁判例としても、事例は少ないが、裁量説がとられているとされている。
    私見としては、一般的には、相続債権者がその債権回収について不利益を被る恐れが少ないような場合においてまで、相続財産分離を命じて、相続財産管理人を置くということは、関係者に無用の負担を強いるものであって、避けるべきであるので、第一種財産分離については、上記両説のうち裁量説が妥当といえる。
    最高裁の今回の決定は、上記学説のうち裁量説の立場を採ったものであり、相当といえる。

  • 4 まとめ

    あまり実際には使われていなかった相続財産の分離(いわゆる「財産分離」)という制度について、最高裁が、(第一種財産分離の事案に関して)民法941条の形式的な要件の該当性だけではなく、加えて「財産分離の必要性があること」という要件について判断すべきであるとしたものであって、注目すべき最高裁決定といえる。