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弁護士
本橋 光一郎
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1 原告Xは母亡Aと先夫との間の子である。亡Aは、先夫と離婚後、後夫亡Bと婚姻したが、亡
Aと亡B間には子はいなかった。
亡Bは、前妻との間に、亡C、D、E、亡H(昭和59年死亡)の4人の子がいた。亡Bは平
成5年に死亡し、その相続人は、亡A、亡C、D、Eであった。
亡Aは平成31年に死亡し、Xが相続した。亡Cは令和元年に死亡し、被告Yが亡Cを相続し
た。亡Bの相続開始後、亡A、亡C、D、E間で平成6年3月20日遺産分割協議が成立し、遺
産分割協議書(本件協議書)が作成された。
その際、亡Bが所有していた本件株式については、失念されており、本件協議書の分割対象の
遺産として記載されていなかった。
2 亡Aの承継者たるXは、亡A、亡C、D、E間で、亡Bの遺産である本件株式について、亡A
が取得した旨の再度遺産分割協議が成立していたと主張し、亡Cの承継者たるY及びD、Eを被
告として、株式名義書換請求訴訟を提起した。D、Eは、第1回口頭弁論期日に欠席したため、
Xの請求が認められた。
3 Yは、X主張を争った。
1 Xの主張
亡A、亡C、D、Eは、亡Bの遺産相続につき、本件協議書の作成時点において亡Bの遺産で
ある本件株式の記載を失念していたが、遅くも平成6年6月20日までに本件株式を亡Aが取得
するとの再度の遺産分割協議を行ない、これを前提とする相続税修正申告を行ない、亡Aは本件
株式の配当金振込先を亡B名義の口座から亡A名義の口座へ変更した。
2 Yの主張
本件株式について亡Aが取得する旨の遺産分割協議書は作成されていないし、相続税修正申告
書にも亡Cの印鑑は押捺されていない。
亡Cは、くも膜下出血により入院し、退院後も思考力が完全に回復していなかった。本件協議
書について不満をもち、Eと言い争いもしていたので、さらなる遺産分割協議ができる状況には
なかった。
3 裁判所の判断
(1) 相続税修正申告書には、本件株式を亡Aが取得する内容が記載されている。
(2) D、Eは令和2年3月17日X代理人からの照会に対し、亡Aが本件株式を単独取得し
たことを認める回答書を作成した。
(3) 修正前申告書において、相続人らのうちで最も遠方に居住していた亡Cには、相続人ら
間で最も高額の預金を取得することなどの配慮がなされていたものであり、本件株式につ
いて亡Aが単独取得するとの遺産分割協議を改めて行なうことは、ごく自然な流れという
べきである。
などの事実からして、亡Bの相続人ら間において本件株式を亡Aが取得するとの遺産分割協議
が行なわれたことを認め、Xの請求を全面的に認容しました。
1 遺産分割協議の成立と協議書面の作成
法的には、遺産分割協議は、いわゆる諾成契約とされ、口頭の合意によって成立するとされて
います。
しかし、合意内容の重要性、後日の紛争回避等の意味もあり、遺産分割協議がなされる場合に
は、通常、遺産分割協議書という書面が作成されています。そして、不動産登記の際や銀行等に
おける預貯金の解約等の際にも、実務上、関係機関へ提出することが要請されているものです。
2 遺産分割協議書が証拠として提出されない場合
遺産分割協議書が訴訟上の証拠として提出されない場合でも、裁判所において、遺産分割協議
がなされたことが認定されれば、相続に基づく不動産所有権移転登記手続請求や、株式名義書換
請求などが認容されることとなります。そのような場合は、不動産所有権移転登記手続請求や株
式名義書換請求などを認容した確定判決を法務局や株式名義書換機関へ提出して、不動産移転登
記や株式名義変更の手続を行なうことができます。
3 遺産分割協議成立の認定
遺産分割協議書が存在していれば、遺産分割協議成立の事実の認定は、最も簡明・容易です。
しかし、遺産分割協議書がないのに遺産分割協議が成立したことを主張立証するには、かなり
の困難を要することになります。本件訴訟においても、相続税修正申告書類には本件株式を亡A
が相続取得したことについて記載があったこと、既に作成していた遺産分割協議書には明確な脱
漏があったが、本件株式は、亡Aが相続することで亡Bの相続人らの合意がなされたこととみる
のが自然だとの事情があったことなどの間接事実を積み上げて、遺産分割協議が成立していたこ
とを認めたものです。
本件は、遺産分割協議書がないのに、遺産分割協議がなされたことを認めた特殊な事例判決といえます。遺産分割協議書がなくても、訴訟で勝訴すれば相続手続をすることも可能となります。しかし、遺産分割協議書なしに遺産分割協議が成立していたことを証明するにはなかなか大変なこととなります。
実務上は、遺産分割協議書をしっかり作成しておくのが基本的に重要となります。内容もよく点検して、脱漏がないように心がけるべきです。万一、脱漏等を発見したら、早めに、書面の書き換えや、追加協議書面の作成をしておくべきです。