配偶者への遺贈又は贈与についての持戻免除の意思表示の推定規定とはなんですか

1 配偶者への遺贈又は贈与についての持戻免除の意思表示の推定規定の創設

相続法改正に伴ない、婚姻期間が20年以上である夫婦の一方の配偶者から他方の配偶者へ居住用建物又はその敷地を遺贈又は贈与をした場合については、民法903条3項の持戻し免除の意思表示があったものとして推定するとの規定を設け(民法903条4項)、遺産分割においては、原則として、当該居住用不動産についての持戻し計算を不要とする(当該居住用不動産の価額を特別受益として扱わずに計算をすることができる)こととなりました。

この推定規定が創設された趣旨は、本格的な高齢化社会の到来と、平均寿命の伸長等に伴ない、配偶者死亡により残された他方配偶者の生活保障、とりわけ生活の拠点となる「居住」環境を確保する必要があることや、配偶者の長年の貢献をより大きく評価する必要があること等を考慮したものといわれています。

2 推定規定の成立要件

(1)婚姻期間が20年以上の夫婦であること

これは相続税法21条の6と同様の要件であります。長期間の婚姻関係がある夫婦については、他方配偶者の貢献、協力の度合いが大きく、その貢献、協力に報いる必要があることを考慮したものです。
なお、ここでいう婚姻期間というのは、法律上婚姻している期間のことをいい、いわゆる事実婚の場合の期間は含まないと解されています。

(2)居住用不動産の贈与又は遺贈がされたこと

居住用不動産に限定されているのは、相手方配偶者の老後の生活保障、とりわけ居住環境の保障を重視したものと考えられます。
なお、相続税法21条の6は、居住用不動産についての生前贈与を対象とした贈与税の特例(2000万円優遇控除)ですが、相続法改正による上記推定規定の場合には、生前贈与に限らず、遺贈や死因贈与についても適用されることに注意して下さい。

3 推定規定の効果

推定規定要件を満たす贈与等が行われた場合には、民法903条1項の規定を適用しない意思表示をしたものと推定されます。民法903条1項の規定は、共同相続人に対する贈与等が行われた場合にその贈与等の額を相続開始時に被相続人が有していた財産に加えたものを相続財産とみなすとの定めです。
すなわち、この903条1項の規定を適用しないということは、その贈与等の額を相続財産を加えないということを意味します。言い換えますと、相続開始時の財産のみを対象として遺産分割を行なうことになりますので、当該贈与等によって財産を取得していた者は、有利な扱いを受けることになります。
したがって、居住不動産の贈与等を受けていた配偶者にとっては、結果として、遺産分割において優遇されることとなります。
なお、上記規定は、あくまでも推定規定ですので、被相続人がこれと異なる意思表示をしている場合には、上記推定規定は適用されないことになることに注意して下さい。

4 関連する事柄

(1)特定財産承継遺言との関係

903条4項の規定は、文言において、遺贈又は贈与がされた場合についての定めとなっていますが、遺贈ではなくいわゆる相続させる旨の遺言すなわち特定財産承継遺言の場合はどうなるかという問題があります。
基本的には、903条4項の趣旨や遺言者の意思を考慮すると、特定財産承継遺言についても遺贈についての規定(903条4項)を類推適用するのが妥当な場合が多いと考えられます。

(2)居住用不動産の購入資金の贈与

相続税法21条の6では、一定の場合の居住用不動産の購入資金の贈与についても税法上の優遇控除を受け得ることを定めています。
903条4項では、居住用不動産の遺贈・贈与についてのみ定められており、居住用不動産の購入資金の遺贈の贈与についての持ち戻し免除の推定規定とはなっていない点についても注意すべきです。
そうは言っても、個別的事案では居住用不動産の購入資金贈与において持ち戻し免除の意思表示があったと認められるケースもあり得ます。ただし、あくまでもそれは、903条4項の推定規定の適用というものではないと考えます。

(3)居住兼店舗の贈与

903条4項は、居住用不動産の贈与についての規定です。では、居住兼店舗のときは、どうでしょうか。
ケースバイケースの判断となりますが、全体のうちのごく一部が店舗というような場合は、全体として居住用不動産といえることが多いと思われます。
また、居住建物部分と店舗部分が明瞭に分かれている場合には、居住建物部分についてのみ903条4項を適用するということもあり得るでしょう。
なお、903条4項の適用を受けられない場合でも個別的に明示的又は黙示的な持ち戻し免除の意思表示が認められるということも考えられます。

(4)居住用要件の基準時

903条4項を適用する要件として「居住用建物又はその敷地」とは、贈与等がなされた時点なのか、あるいは、相続開始時点で居住していれば良いのでしょうか。
これについては、原則として、贈与等がなされた時点で、居住用建物・敷地であることが必要と解されています。
なお、贈与等からすぐ近い時点で居住の用に供することが予定されていた場合には、903条4項の要件を満たしていることもあり得ると解されています。

(5)遺留分との関係

903条4項は、903条1項による特別受益者の相続分に関する定めを適用しないという意思表示がなされた旨推定するというものであって、あくまでも遺産分割をする際に規範となる定めです。

では、903条4項と遺留分との関係はどうなるでしょうか。
相続法改正前の判例ですが、最決平24.1.26判時2148-61という重要判例があり、「特別受益に当たる贈与についてされた持戻し免除の意思表示が遺留分減殺請求により減殺された場合、当該贈与に係る財産の価額は、遺留分を侵害する限度で、遺留分権利者の相続分に加算され、当該贈与を受けた相続人の相続分から控除される」と判示されています。

相続法改正により遺留分減殺請求権は遺留分侵害額請求権として再構成されましたが、遺留分制度についての基本的な考え方自体は変更されていないと考えられます。
そうすると、相続法改正後においても、居住用不動産について贈与等がなされた場合には、903条1項による持ち戻しを行なわない場合でも、遺留分の算定の基礎額には、入ってきますので、遺留分権利者たる相続人は、贈与等を受けた配偶者に対して遺留分侵害額請求を行使することはあり得ると考えられます。


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