弁護士
篠田 大地
公正証書遺言は、自筆証書遺言に比べ、適法で確実な遺言が作成されるといわれています。
実際にそのとおりなのですが、そんな公正証書遺言でも例外的に無効になる場合があります。
無効になるのは、主に以下の4つの場合です。
遺言能力とは、遺言の内容を理解し、遺言の結果を弁識し得るに足りる意思能力をいいます。
この遺言能力がない状態で作成した公正証書遺言は無効となります。
公正証書遺言の無効で圧倒的に多いのは、このケースであり、高度の認知症の者が遺言を作成した場合など、問題になります。
裁判になった場合、以下のような点を着眼点として遺言能力の有無が判断されるといわれています。
① 遺言時における遺言者の精神上の障害の存否、内容及び程度
② 遺言内容それ自体の複雑性
③ 遺言の動機・理由、遺言者と相続人又は受遺者との人的関係・交際状況、遺言に至る経緯等
【事案の概要】
・遺言者は大正3年生の亡A。
・相続人の片方のグループ(X)として妹、妹の子、姉の子がおり、もう片方のグループ(Y)としては、兄の子らがいた。
・亡Aは、平成17年10月12日(当時91歳)に公正証書遺言:を作成し、その内容は全財産をYに遺贈するというものであった。
時系列は以下のとおりである。
H15.12 A認知症
H16.2 Aグループホーム入所。
H17.7.13 XはAの成年後見開始の申立てを行う。
H17.9.9 I医師による成年後見開始のための鑑定(I医師はそれまで長期間Aの診察にあたってきた)。
鑑定意見は、Aはアルツハイマー型認知症(中程度)であり、財産管理能力がない(長谷川式スケール13点)。
H17.10.12 A公正証書遺言作成
遺言作成当時、Aはグループホームで多彩な活動に積極的に参加し、遺言もしっかりした字で署名。
H17.11.2 A成年後見開始の審判
H21.2.27 A死亡
【判旨】
・遺言能力がなかったから、遺言は無効。
・Aは遺言作成時、意識が清明であったと認められるが、意識が清明であることと、記憶力や見当識の障害があり、財産管理能力がないことは別問題。
公正証書遺言の作成要件(民法969条)は、以下のとおりです。
① 証人2人以上の立会い
② 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授する
③ 公証人が遺言者の口授を筆記し、遺言者・証人に読み聞かせること
④ 遺言者・証人・公証人が署名押印すること
したがって、②の口授を欠く場合には、遺言は無効となります。
【事案の概要】
・遺言者は遺言の案を事前に確認していない。
・遺言当日も、遺言公正証書の案を、遺言者の顔前にかざすようにして見せながら、項目ごとにその要旨を説明し、それでよいかどうかの確認を求めたのに対し、遺言者は、うなずいたり、「はい」と返事をしたのみで、遺言の内容に関することは一言も発していない。
・遺言者には記憶力の低下があった。
・遺言内容が、評価額合計が数億円にも及び、多様な保有資産を推定相続人全員に分けて相続させることを主な内容とするものであった。
【判旨】
公証人の説明に対して「はい」と返事をしたとしても、それが遺言の 内容を理解し、そのとおりの遺言をする趣旨の発言であるかどうかは疑問の残るところであり(・・・)、この程度の発言でもって、遺言者の真意の確保のために必要とされる「口授」があったということはできない。
遺言者の真意と遺言内容に錯誤があり、遺言者が遺言内容についての真実を知っていたのであれば、遺言をしなかった場合、錯誤により遺言は無効となります(民法95条)。
【事案の概要】
・遺言者は全盲であり、養護盲老人ホームに入所。長男と長女がいたが、精神障害があった。
・長女らが入院生活費等で金銭を必要とする場合、長女らが金銭に困ることのないよう、老人ホームにより遺言者の所有金から金銭を支出してもらい、遺言者の所有金に残額があれば、残額を老人ホームに寄付することを意図していた。
・実際に作成された遺言は、遺言者の所有金全額をすべて老人ホームに寄付し、付言事項として、長女らへの入院生活費等を遺言者の寄付金から支出するよう老人ホームにお願いすることが記載されているだけであった。
※付言事項には法的拘束力はない。
【判旨】
亡花子が全盲であったことや、当時七九歳と高齢であったこと、法的知識を十分に有していたと認められないことにも照らせば、亡花子が、本件遺言時、亡花子の死亡後、被告が、確実に原告や亡一郎に生活費等を支払ってくれるものと誤信して本件遺言をしたものと推認できる。
遺言が公序良俗違反により無効となった例もあります。
【事案の概要】
会社の経営者であった者が、会社の株式を含む数億円の財産について、顧問弁護士であった者に遺贈する旨の内容を記した遺言の効力が問題となった。
【判旨】
弁護士が社会正義の実現を使命とし、誠実義務及び高い品性の保持が強く求められている(弁護士法1条、2条)にもかかわらず、高齢及びアルツハイマー病のため判断能力が低下するなどしていた竹子の信頼を利用して、合理性を欠く不当な利益を得るという私益を図ったというほかないのであるから、全体として公序良俗違反として民法90条により無効といわざるを得ない。
裁判例の詳しい説明は、「全財産を顧問弁護士に遺贈する内容の遺言の有効性に関する事例【大阪高判平成26年10月30日】」をご覧ください。
上記のケースはいずれも、遺言者に多かれ少なかれ認知能力等の低下がみられる例である。
したがって、遺言作成時に、遺言者に認知能力に疑問がある場合などには、注意が必要である。
無効を防ぐための方法として、たとえば、公正証書作成時に、医師の診断を得ておく、公正証書作成過程を記録に残しておく、なども考えられる。