遺留分侵害額請求の相手方は誰になりますか。…受遺者か、受贈者か、死因贈与があったらどうなるか。

弁護士

本橋 光一郎

  • 1 遺留分侵害額請求とは

     遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に与えられている権利で、生前贈与で財産がなくなっていたり、遺言において財産が少ししか取得できないような場合でも、法定相続分のうち一定割合を遺留分権利者に取得できるようにする制度です(民法1042条)。
     そして、相続法改正後の現行法では、遺留分権利者は遺留分侵害者に対し金銭請求として遺留分侵害額の支払いを請求できることとされています(民法1046条)。

  • 2 遺留分侵害額請求の相手方は

     遺留分侵害額請求の相手方は、基本的には、遺留分侵害者ということになりますが、実際には、問題が出てきます。生前贈与で財産を受け取っていた者と遺言で財産を取得することとなった者とがいるときは、両方に請求できますか、あるいは、どちらか一方にすることとなりますか。死因贈与があったときはどうなりますか。以下、具体例で検討してみましょう。

  • 3 具体例その1(受遺者と受贈者がいる場合)

     被相続人Xが亡くなって、法定相続人が長男A、次男B、長女Cの3名であり、Xはもともと1億2000万円のお金を持っていたが、そのうち6000万円は5年前に次男Bに生前贈与済みで、残りの6000万円については遺言で長男Aに相続させると定めていました。Xにはそれらのお金以外には、遺産はなく、長女Cには特段に財産は与えられない扱いとなっていました。長女Cには、法定相続分3分の1の半分である6分の1の割合の遺留分権利がありますので、長女Cは、(遺留分の算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の金額を控除した額(民法1043条1項)となりますから、本設例では)全体財産1億2000万円の6分の1である2000万円の遺留分侵害額請求権を持ちます。では、長女Cは、この遺留分侵害額請求権を誰に請求するべきでしょうか。長男Aと次男Bに各1000万円ずつ請求しますか。あるいは、長男Aまたは次男Bのいずれかに対して2000万円の支払い請求をしますか。
     回答としては、長男Aに対して2000万円の支払い請求をすべきであるということになります。なぜならば、民法1047条1項1号で、遺留分侵害額は、受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担するとされているからです。この設例では、長男Aが受遺者(遺言で財産の遺贈を受ける者、及び、特定財産承継遺言で財産につき相続を受ける者を含む。長男Aは、特定財産承継遺言で6000万円を相続することとなった者にあたります)であり、次男Bは、生前贈与を受けている受贈者となります。そうすると、遺留分侵害額は、受遺者が受贈者より先に負担することになりますので、受贈者である次男Bよりも、受遺者である長男Aがまず負担しなければなりません。したがって、長女Cは、長男Aに対して2000万円の支払い請求をすることになります。長男Aからすれば、次男Bも多くをもらっており、次男Bも同等に負担すべきと思うかもしれません。しかし、民法の考え方としては、できる限りいったん法律関係が形成されて、時間的経過がなされている方を優先する、言い換えれば、法的安定性を尊重するという立場にたって、古いものはなるべく覆さずに、新しいものについて、制限を加えるということになっております。なお、そのような順序で負担すると定められていますので、仮に、受遺者AがCに対して2000万円を支払ったとしても、そのうち1000万円についてBに対して求償請求することはできません。
     若干、釈然としない点もありますが、法律制度としては、そうなっております。どうせもらうならば、早くもらっておいた方がよいということは言えるかもしれません。

  • 4 具体例その2(受贈者が複数の場合)

     被相続人Xの法定相続人は、長男A、次男B、長女Cの3名であり、Xはもともと1億2000万円をもっていたが、8年前にうち6000万円を次男Bに生前贈与し、その後、4年前に長男Aに残りの6000万円を生前贈与しました。そして、Xは、死亡時には遺産はなく、長女Cは特段の財産を取得できなかった。次男Bは8年前に生前贈与をうけた6000万円を資金として郊外にアパートを持ち、堅実に暮らしている。長男Aは、4年前に生前贈与を受けた6000万円を資金として、繁華街でラーメン屋を開業したが、営業不振で1年も持たずに閉店となり、財産が残るどころか、むしろ今では1000万円の借金をかかえる状況となっている。長女Cは、Xがもともと持っていた1億2000万円につき法定相続分3分の1の半分である6分の1すなわち2000万円の遺留分権利を有している。長女Cは、長男A,、,次男Bのどちらに、あるいは、両方に、請求したらよいですか。
     回答としては、長男Aに対して2000万円の支払い請求をすることになります。というのは、民法1047条1項3号で、遺留分侵害額については、受贈者が複数あるときは、後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担すると定められています。上記設例では、8年前に次男Bへの生前贈与がなされ、4年前に長男Aへの生前贈与がなされていますから、長男A への生前贈与が後の贈与にあたり、Aが後の贈与にかかる受贈者としてCの遺留分侵害額を負担することになるからです。なお、長男Aは現在、借金をかかえており支払い能力がなく、遺留分権利者たるCとしては、できれば堅実に暮らしている次男Bに対して請求したいと考えるかもしれません。しかし、民法1047条4項は、「受遺者または受贈者の無資力によって生じた損失は、遺留分権利者の負担に帰する。」と定めております。したがって、後の贈与の受贈者たる長男Aが仮に無資力であったとしても、遺留分権利者Cは、さかのぼって前の贈与の受贈者たる次男Bに対し請求することはできないと考えられます。なお、上記1047条4項の立法趣旨は、遺留分侵害額を負担する順位は法定されているので、先順位者が無資力であったとしても、後順位者にさかのぼって負担させるのは妥当でないとして、後順位者の利益を考慮したものです。その意味では、遺留分権利者の立場よりも、遺留分侵害額を負担する者の立場を優先して考慮しているともいえますので、注意するべきでしょう。

  • 5 具体例その3(遺贈、生前贈与、死因贈与があった場合)

     被相続人Xが死亡し、その法定相続人は長男A、次男B、長女C、次女Dの4名であり、Xはもともと1億2000万円を持っており、6年前に次男Bに、そのうち4000万円を生前贈与し、また、3年前に長女Cとの間で、X死亡を条件として、残りのうち4000万円をCに贈与するとの死因贈与契約を結び、さらに、最終の残りの4000万円は長男Aに相続させるとの遺言を作成していました。Xには、それ以外の財産はなく、次女Dには、特段の財産取得の定め等はありませんでした。次女Dには、法定相続分4分の1の半分である8分の1の割合による遺留分権利がありますので、全体財産1億2000万円につきその8分の1の1500万円の遺留分侵害額請求権を持っています。Dとしては、この遺留分侵害額請求権を誰に対して請求したらよいですか。生前贈与を受けた受贈者Bに対して請求しますか。死因贈与を受けるCに対して請求しますか。遺言で相続させるとされた(特定財産承継遺言による)受遺者とされるAに対して請求しますか。生前贈与、死因贈与、遺贈(特定財産承継遺言による相続取得を含む)という3つがある場合の侵害額請求を受ける者の順位はどうなるかという問題です。
     回答としては、まず受遺者、つぎに死因贈与の受贈者、さらに生前贈与の受贈者の順番で遺留分侵害額の請求を受けることとなると考えます。
     【具体例その1】で見ました通り、受遺者と受贈者がいる場合には、受遺者がまず遺留分侵害額を負担しますし、【具体例その2】で見ました通り、複数の受贈者がいる場合は後の贈与の受贈者がまず遺留分侵害額を負担するとされています。では、死因贈与がなされたときは、どう扱うべきでしょうか。まず、死因贈与については、第一の見解として、被相続人死亡の時に法律行為の効果が生ずるのは遺贈と同じとして、受遺者と同じと見る考え方(遺贈説)があります。また、第二の見解として、死因贈与は、単独行為である遺言と異なり、基本的に贈与契約の一つの類型であって、その贈与のなかで、最も後になされた贈与であるとして、受贈者に準ずると見る考え方(最終贈与説)があります。民法1047条には、死因贈与については、受遺者に準ずるとか、受贈者として扱うとかの明示的な文言はありません。しかし、学説として上記両説のうち、最終贈与説の方が多数説であり、また、相続法改正前の遺留分減殺請求権として扱われていた時代のものですが、遺贈、死因贈与、生前贈与がなされていた場合の遺留分減殺は、まず遺贈、つぎに死因贈与、そのあとに生前贈与の順で行うべきであるという判例が出ていたこと(東京高裁平成12年3月8日判決、判例時報1753号57頁)などから、上記のうち最終贈与説が有力と考えます。さらに付け加えるならば、民法1047条1項1号「受遺者と受贈者があるときは、受遺者が先に負担する。」との趣旨は、遺留分侵害額の負担は、まず受遺者が負担すべきとすると読み取れるのであり、その受遺者と死因贈与を受ける者とを同じに扱うのは妥当でないと考えます。そして、生前贈与を受けた者と死因贈与を受ける者との間では、後の贈与である死因贈与を受ける者の方がまず負担すべきであるのは、民法1047条1項3号の定め(後の受贈者から順次負担するとされている)からして当然のことでしょう(【具体例その2】を参照)。
     したがいまして、遺贈(特定財産承継遺言の場合を含む)、死因贈与、生前贈与の三者がある場合には、遺贈(特定財産承継遺言の場合を含む)、死因贈与、生前贈与の順で遺留分侵害額の負担をする、遺留分権利者の立場からしますと、その順で遺留分侵害額の支払い請求をしていくべきです。この設例では、遺留分権利者次女Dは、受遺者である長男Aに対して遺留分侵害額1500万円を支払うよう請求することなります。

  • 6 まとめ

     以上の通り、遺留分侵害額請求の相手方については、問題点が多いので、注意を要します。遺留分を侵害された遺留分権利者の立場からすれば、遺留分を侵害している遺贈(特定財産承継遺言の場合を含む)、生前贈与等を受けている者が複数いる場合には、それらの侵害者のうち誰でもよいから遺留分侵害額を支払ってほしいという気持ちでしょう。しかし、その遺留分侵害額の請求を受ける者の立場も考慮して民法の定めがなされていますので、遺留分権利者としては、それらの民法の定めに基づき、相手方に対して遺留分侵害額の請求をしていくことが肝要となります。