「遺留分が『土地売却』扱いで思わぬ課税」という事態が生じる背景

弁護士

本橋 光一郎

  • 1 最近の新聞記事

     最近の新聞に「父の遺言で長男が全遺産を相続したが、妹から『遺留分』を請求され、遺産の4分の1の2000万円と評価される土地を妹に渡したところ、土地を2000万円で売却したとみなされ、思わぬ譲渡所得税を課せられた」という事例が掲載されていました。その記事の背景及び問題点について考えてみましょう。

  • 2 遺留分制度の改正

     相続法改正により、遺留分は従来の「遺留分減殺請求」から新しく「遺留分侵害額請求」という制度に衣替えがなされました。
     「遺留分減殺請求」は、基本的に遺留分権利者から遺留分侵害者に対し、(遺留分減殺の限度において)財産の取り戻しを認めるものでしたが、「遺留分侵害額請求」は、遺留分権利者から遺留分侵害者に対し、金銭請求として、遺留分侵害額の支払を求めるものとなったものです。そして、遺留分侵害者は、遺留分権利者に対し、遺留分を侵害した額の支払をするのが、本来的なやり方となります。
     したがいましては、上記新聞記事のケースでは、長男は、本来、遺留分を侵害した金額を支払うべきところ、その代わりに、土地という現物で弁済したということになります。この長男の行為は、民法上はいわゆる代物弁済(民法482条)の性質をもつものと考えられます。

  • 3 代物弁済の場合の課税関係

     債務者が、貸金2000万円を弁済する代わりに金2000万円相当の土地を債権者に対して渡したというような典型的な代物弁済の場合には、債務者が債権者に対し負担する貸金2000万円の債務が消滅するという経済的利益が生じます。課税上の考え方としては、債務者は自ら所有する土地を第三者に譲渡して、その代価として得た金銭を債権者に対し支払ったという行為と同じとみなして、代物弁済により消滅した債務額を、債務者の譲渡所得の収入金額として計算する扱いとなります。
     したがって、上記新聞記事のケースでも、実質的に土地売却して得た代金で遺留分侵害額を支払った行為と同じとして、長男には土地売却をしたのと同じ譲渡所得税が課せられるということになってしまったものです。よって、土地を売却したわけでもないのに、譲渡所得税が課せられるという思わぬ結果となってしまうことになります。なお、代物弁済により不動産を取得した妹については、不動産取得税という税金が課せられる扱いとなります。

  • 4 別な考え方

     上記ケースにおいて、はじめから長男と妹が、被相続人たる父の遺産について遺産分割協議をして、協議により(上記ケースで長男から妹に渡したのと同じ)土地を妹が取得して、それ以外の財産を長男が取得したとします。そのような場合には、とくに長男から妹への(代物弁済に伴なう)譲渡所得は課せられないことが通常と思われます。その場合、妹については、代物弁済で土地を取得したのではなく、相続で取得したとすると、不動産譲渡(代物弁済を含む)の場合に課せられる不動産取得税を払う必要もないと考えられます。
     そうだとしますと、(土地を妹が取得するという)同じ結果を生じる場合であっても、遺留分侵害額の支払についての代物弁済とするか、はじめからの遺産分割協議とするかで、長男に対する譲渡所得税、及び、妹に対する不動産取得税が課せられたり、あるいは、それらの課税がなされないという大きな違いが発生することがあり得ます。
     このように、遺産に関して当事者間に紛争が生じた場合には、弁護士や税理士などの専門家に適宜相談のうえ、どのような合意をして解決するのが適切かをケースバイケースで判断・助言してもらうのが肝要です。