相続法改正(民法(相続関係)等の改正に関する中間試案)

弁護士

篠田 大地

  • 1 相続法改正について

    現在、法務省の法制審議会(民法(相続関係)部会)において、相続法の改正について議論がなされています。

    相続法の改正に向けての議論が開始されたのは、平成25年9月4日に、非嫡出子の相続分を2分の1とする民法900条4項但書が憲法違反との最高裁大法廷違憲決定が下され、これを受けて平成25年12月5日に民法900条4項但書を削除する内容の民法改正がなされたことが契機となっています。

    平成26年1月から平成27年1月まで、法務省において、相続法制検討ワーキングチームが設置されました。そして、平成27年4月から現在に至るまで、法務省の法制審議会(民法(相続関係)部会)において相続法の改正が議論されています。

    平成28年6月21日に、法制審議会において、「民法(相続関係)等の改正に関する中間試案」が取りまとめられましたので、以下では、その概要をご紹介させていただきます。

  • 2 配偶者の居住権を保護するための方策

    (1)問題点

    配偶者の一方が死亡した場合、他方の配偶者が、それまで居住してきた建物に引き続き居住することを希望することは多いことといえます。特に、残された配偶者が高齢者である場合、配偶者の居住権を保護する必要性は高いと考えられます。

    この点、判例上、共同相続人の一人が被相続人の許諾を得て遺産である建物に同居していたときは、特段の事情のない限り、被相続人と当該相続人との間で、相続開始時を始期とし、遺産分割時を終期とする使用貸借契約が成立していたものと推認されます(最高裁平成8年12月17日)。
    この要件に該当すれば、相続人である配偶者は、遺産分割が終了するまでの間、短期的な居住権が確保されます。

    しかし、被相続人が明確に使用貸借させない意思を表示していた場合等には、上記判例法理は妥当せず、配偶者の居住権は短期的にも保護されません。

    また、被相続人の死亡後、その配偶者が遺産分割協議後も長期間にわたって建物に生活を継続することを希望する場合も少なくありません。

    現行法の下では、配偶者がこのような希望を有する場合には、遺産分割において配偶者がその建物の所有権を取得するか、あるいは、その建物の所有権を取得した他の相続人との間で賃貸借契約等を締結することが考えられます。
    しかし、前者の場合には、居住建物の評価額が高額となり、配偶者がそれ以外の遺産を取得することができなくなってその後の生活に支障を来す場合も生じ得ます。また、後者の場合には、その建物の所有権を取得する者との間で賃貸借契約等が成立できなければ、居住権は確保されないことになります。

    (2)改正案

    以上のように、配偶者の短期的な居住権と長期的な居住権が不十分であることが問題となっており、以下のような解決策が考えられています。

    ① 短期的な居住権の保護
    配偶者が、相続開始の時に被相続人所有の建物に無償で居住していた場合には、遺産分割により当該建物の帰属が確定するまでの間,引き続きその建物を無償で使用することができるものとする。
    短期居住権の取得によって得た利益は,配偶者が遺産分割において取得すべき財産の額(具体的相続分額)に算入しないものとする。

    ② 長期的な居住権の保護
    配偶者が相続開始の時に居住していた被相続人所有の建物を対象として、終身又は一定期間、配偶者にその建物の使用を認めることを内容とする法定の権利を新設するものとする。
    なお、長期居住権の取得をした場合、当該長期居住権の財産的価値相当額を相続したものとして取り扱うとされていますが、居住建物の所有権額よりは低額になると考えられ、配偶者がそれ以外の財産を取得できる可能性は高まるものと考えられます。

    (3)コメント

    上記のように、配偶者の居住権保護は、現行法上不十分であることは確かですが、実際にトラブルになるケースがどれくらいあるかは未知数と言えるかもしれません。

    ただし、配偶者の死後、家庭内のトラブル等でもう一方の配偶者が自宅に居住できないと考えられる場合には、現行法下でも配偶者が自衛を図っておくことが必要です。
    このような場合、残される配偶者としては、あらかじめ、被相続人に自宅は残される配偶者に相続させる旨の遺言を作成してもらうことが望ましいと言えます。

  • 3 配偶者の相続分の見直し

    (1)問題点

    相続人となる配偶者の中には、婚姻期間が長く、被相続人と同居してその日常生活を支えてきたような者もいれば、老齢になった後に再婚した場合等婚姻期間が短い者もおり、被相続人の財産の形成又は維持に対する寄与の程度は様々といえます。
    にもかかわらず、現行の相続制度では、配偶者の具体的な貢献の程度は寄与分の中で考慮され得るにすぎず、基本的には法定相続分によって形式的・画一的に遺産の分配を行うこととされています。このようなことは、実質的公平を欠くと考えられます。

    離婚における財産分与では、配偶者の貢献の程度を実質的に考慮して財産の分配を行うこととされており、前記のような実質的公平を欠く事態は生じにくいといえます。
    現行の相続制度は、離婚における財産分与制度との整合性がとれていません。

    (2)改正案

    被相続人の財産が婚姻後に一定の割合以上増加した場合に、その割合に応じて配偶者の具体的相続分を増やす考え方や、婚姻成立後一定期間が経過した場合に、配偶者の法定相続分を引き上げる考え方が提案されています。

    (3)コメント

    上記の改正案は、改正の中でももっとも実務上の影響が大きいものと考えられますが、パブリックコメントにおいて、反対論も多く、実現可能性は低いものと考えられます。

  • 4 可分債権の遺産分割における取扱い

    (1)問題点

    従前、金銭債権等の可分債権は、判例上、相続の開始により法律上当然に分割され、各相続人が相続分に応じて権利を承継するとされていました。
    実務においても、原則として遺産分割の対象から除外され、例外的に、相続人全員の合意がある場合に限り、遺産分割の対象となるという取扱いがされていました。
    しかし、この考え方によると、例えば、遺産の全てあるいは大部分が可分債権である場合にも、可分債権については特別受益や寄与分を考慮することなく形式的に法定相続分に従って分割承継される結果、相続人間の実質的公平を図ることができなくなります。
    また、可分債権は、遺産分割を行う際の調整手段としても有用と考えられます。

    (2)改正案

    金銭債権等の可分債権を遺産分割の対象に含めるものとします。
    ただし、遺産分割前でも各相続人が分割された債権を行使することができるとするかどうかは議論が分かれています。

    (3)コメント

    平成28年12月19日の最高裁決定により、従来の判例が変更され、預貯金は当然分割とはならず、遺産分割の対象に含まれることになりました。
    現金や投資信託、国債、郵便局の定額貯金等と平仄が取れたことになります。
    上記の相続法改正の議論も、預貯金が可分債権であることを念頭に議論されていたものですので、大幅な修正が必要となることが考えられます。
    ただし、今回の判例変更によっても、相続開始後に預金の払戻しがなされた場合の遺産分割における処理方法、相続預金の払戻しが必要な場合の制度設計などについては、立法による対応が必要と考えられます。

  • 5 自筆証書遺言の方式緩和

    (1)問題点

    現行法上、自筆証書遺言については厳格な方式が定められており、作成された遺言が方式違背で無効となるリスクが大きいといえます。
    自筆証書遺言は「全文、日付及び氏名」を全て自書しなければならないとされている(民法第968条第1項)が、高齢者等にとって全文を自書することはかなりの労力を伴うものであり、自筆証書遺言の利用を妨げています。
    遺言内容の加除訂正についても、「自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない」とされており(民法第968条第1項)、他の文書と比べても厳格な方式がとられていることから、その方式違反により被相続人の最終意思が遺言に反映されないおそれがあります。

    (2)改正案

    下記のように自筆証書遺言の方式を緩和することが検討されています。
    ① 財産の特定に関する事項については、自署でなくてよいものとする。ただし、自署以外の方法により記載したときは、全ての頁に署名押印しなければならないものとする。
    ② 加除訂正の方式について変更箇所に署名があれば足りるものとする。

    (3)コメント

    自筆証書遺言の撤回は、赤線で斜線を引く程度で撤回とみなされますが、一方で、加除訂正については、上述の通り、法律上、極めて厳格な方式が必要とされており、バランスが取れていないものと思われます。そこで、バランスを取る意味でも、方式の緩和は望ましいものと考えられます。
    ただ、現行法上、自筆証書遺言には上述のような欠点がありますので、現在遺言を作成する場合には、公正証書遺言で作成したほうが安全だと思います。

  • 6 自筆証書遺言の保管制度の創設

    (1)問題点

    現状、公正証書遺言については、原本が公証役場に保管されます。
    また、遺言者の死後には、相続人等は、公証役場に遺言の有無の照会をすることができます。
    これらの仕組みによって、公正証書遺言については、遺言が紛失されるリスクや、のちに発見されないといったリスクが低減されることになっています。
    一方、自筆証書遺言には、このような仕組みがないため、原本が紛失したり、被相続人の死後に遺言が発見されないという可能性がありえます。

    (2)改正案

    自筆証書遺言を作成した者が一定の公的機関に遺言書の原本の保管をゆだねることができる制度を創設し、相続人等が相続開始後に遺言の保管の有無を確認することができることが提案されています。

    (3)コメント

    現状でも、公正証書遺言では同様の仕組みが設けられているため、自筆証書遺言において同様の仕組みが設けられても、新たに利用しようとするニーズがどの程度あるのかは不明確です。
    現在遺言を作成しようとする場合には、自筆証書遺言には上記のようなリスクがあるため、公正証書遺言によって作成する方が無難といえます。

  • 7 遺留分制度に関する見直し

    (1)問題点

    減殺の対象となる遺贈の目的財産が複数ある場合には、遺留分減殺請求権の行使の結果、通常はそれぞれの財産について共有関係が生ずることになります。例えば、遺贈によって自宅を取得した配偶者や事業用の財産を取得した当該事業の承継者は、他の相続人から遺留分減殺請求権を行使されると、その者と共にこれらの財産を共有することとなり、この共有関係を解消するためには、別途、共有物の分割の手続を経なければなりません。
    現行法の下では、遺産分割事件は家庭裁判所における家事事件の手続で解決されることになるのに対し、遺留分減殺請求事件は地方裁判所の訴訟手続で解決されることになり、紛争解決手続が異なります。したがって、これらの法律関係を柔軟かつ一回的に解決することが困難です。
    また、被相続人が特定の相続人に家業を継がせるため、株式や店舗等の事業用の財産をその者に相続させる旨の遺言をしても、遺留分減殺請求権の行使により株式や事業用の財産が他の相続人との共有となる結果、円滑な事業承継の障害となる場合があります。

    (2)改正案

    現行法上、遺留分減殺請求により当然に物権的な効力が生ずることとされています。減殺された遺贈の目的財産は受遺者又は受贈者と遺留分権利者との共有になることが多いといえますが、このような帰結は、事業承継を困難にし、また、共有関係の解消をめぐって新たな紛争を生じさせます。
    そこで、遺留分減殺請求権の効果を見直し、遺留分に関する権利行使がされても原則として金銭債権が発生するものとしつつ、受遺者又は受贈者において、遺贈又は贈与の目的財産による返還を求めることができる制度とすることが提案されています。

    (3)コメント

    遺留分制度は、実務上も、不明確な点が多く残っていたり、複雑化したりと、現行法上、様々な問題点があるように思います。
    改正では、これらが整理され、使いやすい遺留分制度になることが望まれます。

  • 8 相続人以外の者の貢献の考慮

    (1)問題点

    現行法上、寄与分は、相続人にのみ認められています。
    そこで、例えば、相続人の妻が、被相続人(夫の父)の療養看護に努めた場合であっても、遺産分割手続において、相続人でない妻が寄与分を主張したり、あるいは何らかの財産の分配を請求したりすることは難しいと考えられています。

    この点、夫の寄与分の中で妻の寄与を考慮することを認める裁判例も存在しますが(東京家審平成12年3月8日)、このような取扱いに対しては、妻以外の寄与者(例えば、被相続人の兄弟姉妹等)の寄与も同様に認めなければ不公平ではないかといった指摘もあるところです。

    さらに不公平感が強いのは、相続人の妻が被相続人の療養看護に努めたにも関わらず、被相続人の死亡時には相続人となるべきが既に死亡している場合です。この場合、配偶者の貢献を相続人の寄与分の算定の際に考慮することもできず、配偶者が遺産分割において自己の貢献に見合った財産の分配を受けることはできません。

    (2)改正案

    被相続人の子の配偶者など、相続人ではないが、被相続人との間に一定の身分関係を有する者については、被相続人の療養看護について一定の貢献をしたこと等を要件として、遺産の分配を求める権利を認めることなどが考えられています。

    (3)コメント

    実際上、相続人の家族が被相続人の療養看護を行っているという例は多いように思われます。
    そして、これについても、正面から寄与分を認めることで、相続人間の公平感を満たし、円満な遺産分割協議の成立を促す効果があるように思われます。

  • 9 最後に

    上記した相続法改正の議論は、まだ議論途上のものであり、今後考え方が変わることも多いにありうることです。
    引き続き、相続法改正の議論状況を見守っていきたいと思います。